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空の検索で860件の結果が見つかりました。

  • ひとりになる将来のこと②

    親や親族が「亡きあと」ではなく、「健在か否か」で不安や安心を語るのではなく、たとえ親が健在であったとしても、ひとりで生きて働いてゆく将来の備えをどのようしたら良いかを考えています。 親の亡きあとの不安はもちろんですが、親がいる間も安心というわけではないので、ひとりになる将来全般に渡って、一つづつ具体的に動いてゆけると良いと思います。 まず一つ目は「タイミング」です。 一つ前のブログで挙げました、就労移行支援事業所ユースターを利用されて就職した方の例のように、就職をして、仕事が落ち着いた次に考えたことは「一人暮らし」でした。 一人暮らしに関心を持ち始めた時、「まだ先のこと」として先延ばしにすることで、その「先」が、永遠の「先」にならないようにしなければなりません。 今から考える、”ひとりになった将来のこと”・・・ 一つ前のブログで述べましたように、むしろ、仕事を始めることと暮らしをセットで考えることも一つの有力なタイミングかと思います。 そして、自分が働くことを毎日頑張る一方で、例えば親の加齢や家族の変化は進み、親や家族が本人に求めることも、毎日どんどん変化・増加し続けていることにも本人が気づけるようにしないといけないです。 そこで、あくまで本人の状態や事情にもよりますが、親も本人も、「これは親の仕事」と思っていた生活の一部分を、ある日を境に親は「できなくなった」⇒本人に引き継ぐ、という「儀式」も必要だと思います。 なぜなら、そのような現実の状態も本人は見るべきですし、その数は増えてゆくことを受け止められると良いと思うからです。 また「誰かに託そう、社会に託すしかない」と思っていた生活に関連する事務も、実は本人に託せるかもしれないこともあるのです。 親ができることが少なくなっている、そういった現実を、本人も見てわかること、それによって自分がやるのか誰がやるのかを本人も一緒に考えることが必要だと思います。 一方で、社会に託すことについては、更に大きな問題があります。それは、家族全体の自立生活の力の変化に合わせて、寄り添い続ける福祉サービス、つまり親子両方に支援をし続ける社会の制度はありそうでいていま一つわかりくく、更に個々に分離されている印象があるからです。 例えば、福祉や社会保障制度となると、どうしても・・・ 「成年後見制度」「グループホーム」「年金」「相談」そして「遺言」といった言葉が並びます。 これらの成年後見制度、グループホーム・・・等だけで親の安心や納得感が満たされるのか、といいますとそうではありません。 なぜ安心とならないのかを考えてみますと、例えば、それぞれのサービスが目的毎に分離されていること、それぞれが狭い範囲の目的しか網羅していないこと、分離された全てを使ったとしても「一人の人生」はカバーされないこと、手続きや基準がそれぞれのサービスで全く違うこと、それぞれのサービスのつながりを支える機能が薄いこと・・・なのです。 最後に述べました「つながりを支える機能」については、色々な相談支援を担ったり、コーディネートする機関は増えましたが、まだ親から見た、本人の心配な部分が完全に保護されるイメージまでにやゆかないのだと思います。 本人の不安は親の不安、親の不安は本人の不安でもあります。少なくとも、何をどのように準備をしたら良いか、今度こそ、障がいのある方の人生全体のコーディネートが求められると思います。 そして、私達支援者も、本人が一人になった将来のことを考えることを、決して親だけに任せず、なるべく先送りせず、支援者も本人を「おひとりさま」を前提に捉えてゆくことかと思っています。 同時に、障がいのある方本人と家族を包括的に支援するしくみが更に充実してくることを期待したいです。 本人の不安は親の不安、親の不安は本人の不安

  • ひとりになる将来のこと①

    「親亡きあと」については、昨年連載で書かせていただきました。 親の亡きあとにももちろん心配なことはたくさんあるのですが、「亡きあと」だけに心配が集まっているわけではありません。 親がいる間も決して安心というわけではないですし、そのような状態で、親亡きあとに、いきなり安心な状態になるはずもないと思ってしまうのではないでしょうか。 たとえ、親や親族がご健在で、今は色々なことに対応できていたとしても、それは親が気を配ったり、目が届く範囲内のことであって、人ひとりの生活全てのことを、常にカバーできることは、とても難しいのだと思います。 家族とはいえ、だれか一人の24時間に時間や力を割くことも難しいです。 そして、今日のことにとどまらず、将来全般に渡っての不安となると、親が健在か否かに関係なく、同じ不安があります。 今日は、親や親族が「健在か否か」ということだけで不安や安心を語るのではなく、将来について、親が健在であったとしても、ひとりで生きて働いてゆく将来の備えを、どのようしたら良いかを考えてみたいと思います。 このテーマで書かせていただきたいと思ったきっかけは、先日、ユースターを卒業して一般企業に就職をして働き続けている方とお話をしたときでした。 就労移行支援事業所ユースターは、社会で働くことを目指して準備する段階から支援が始まり、会社に就職して社会で働き続ける部分に支援をさせていただいています。 その方とのお話しテーマは、仕事が落ち着いた次に考える「一人暮らし」についてでした。 現在、会社でのお仕事は、本人の努力で、一定程度安定を維持し、安心できる状態に近づいてきたので、そろそろ一人暮らしに関心を持ち始めていらっしゃるとのことでした。 この方のように、確かに、働くと自立は一つのセットになるものでもありますし、親としては、本人が自分のできることを改めて認識して、できる部分は親や家族に頼らずに生活をして欲しい、と願うものです。 そして、それは、必ずしも親が亡きあとから考え始めて欲しいというものではなく「今から」なのだと思います。 更に言えば、タイミングとしては、むしろ「親亡きあと」・・ではなく、(ユースターの場合は)「就職して社会に出たあと」のことなのではないでしょうか。 そして「親亡きあと」でも「就職して社会に出たあと」でも、今は、具体的に頼れるものが本人や家族から見える場所にない、ということが漠然とした不安になっていることが根本の問題なのだと思います。 次のブログで更に具体的な点に触れたいと思います (=>つづく) 一人の生活ー「親亡きあと」だけではなく「就職して社会に出たあと」”ひとりになる将来”として考えられれば・・

  • 自己アピール:有名か信頼か

    就労移行支援事業所ユースターが提供させていただく「就労支援」は、支援を得ながら社会で働きたいという皆さんの気持ちに少しでも応えたいと思って行っています。 支援の先には、本人の、経済的にも生活の面でも、そして気持ちの面も満たされるように・・という想いから活動をしております。 就職に向けて準備を整える中で、皆さんが、ご苦労されていることの一つに「自己アピール力を身につけること」があります。 自己アピールは、書類などの物理的な準備(自分に関する分析を閲覧し、長所は何かを考える・・など)に加えて、もっと難しいことがあります。 それは 「自分をアピールする気持ちを育てること」です。 毎日の生活の中で、自分の長所・強みを見つけようと意識し続けている方は少ないと思います。 「自分は〇〇が得意」とか「つい〇〇をしたくなる・・」など、自分の興味や志向はわかっていても、それを客観的に見て、仕事につなげようと考えることは少ないように思うのです。 更には、誰か他の人に「アピールしよう」と意識し続けることもほとんどないと思います。 自分を売り込むことを仕事とする特定の業種の方以外、アピールする力は培いにくいのかもしれないです。 それがゆえに、履歴書の長所、アピール欄は、最後まで空欄になってしまう方がいらっしゃるのかもしれません。 このように「自己アピール」をする動機は、日常の生活の中では自然に育ちにくいため、就職活動の中で支援をさせていただくことが多いです。 そこで、そもそも自己アピールとは何か?を考えてみました。 私は、アピールの本質は、他の人の気持ちを自分に引きつけ、信頼を得ることであって、それは単に有名になるということではないのだと思うのです。 つまり、「有名になる」のと、「信頼を得て自分を認めてもらう」ことは別なのです。 有名にだけなりたいと思えば、他に誰もやらないことや、奇想天外なことをすれば印象に残せるかもしれません。 しかし、目立たなくても、誰もが認めて信頼をしてもらえるようになるには、それだけでは何かが足りないのです。 アピールの本質を達成するためには、自分が努力をし、そのことを認めてもらい、さらに信頼をしていただけるために、将来も地道に努力をし続けることではないかと思いました。 履歴書の自己アピール欄に、何を書こうか迷うユースターの利用者の方がいらっしゃったときには、どんなに目立たない小さなことや地味なことでも、自分が続けていること、頑張ってきたこと、認めて欲しいことを思い出して書いてみるようにお伝えしたいと思いました。 アピールとは、目立つことや奇想天外なことだけではないことをお伝えしたいです

  • 情報伝達 三類型

    情報を誰かに伝えるツールや方法は、時代とともに大きく変わっていることは肌で感じます。もちろん今の時代のみを知る世代にとってはその感覚は無いのかとは思います。 私自身、その変化についてゆけていないのですが・・仕事上で言えば、電話、FAX、メールが主な伝達手段であった時代から、電話、FAXという機器は残りながらも、使用目的が大きく変化しているのではないでしょうか。 例えば、電話ですと、声による言葉での情報伝達をするものでした。その目的のためには電話しかありませんでしたが、今は、相手との声によるコミュニケーションだけではなく、決済の承認を取ったり、アンケートに答えるなど、声で情報を伝達するだけではない使い方にもなっています。 そして、電話番号は?と聞かれて、かつては固定電話の番号であったのを、あっという間に携帯電話番号を書くことがあたりまえになっています。それも自分の番号を知らない方も出てきて、携帯電話を自分の携帯電話で調べる、という奇妙な場面をとても多く見ます。 障がいなどの理由で、就労の支援を希望する方への支援を提供させていただく就労移行支援事業所ユースターでも、それらの時代の変化に合わせて、支援中にアドバイスする内容が常に変わっています。 例えば、履歴書にはなるべく固定電話番号を書いた方が「信用(?)」が増すとアドバイスしていたり、携帯電話の操作は相手との会話の妨げになる・・(キーボードに打ち込むより自筆の意義や所作・・)などがアドバイスの中にあった時代は過去になりました。それもあっという間に過ぎ去ってゆきました。 しかし、ユースターでは、電話応対の練習も行いますが、古いと思われているかもしれませんが、まだ固定電話の受話器を持っての練習もしています。違和感はありますが、万が一、固定電話やビジネスフォンを使用している職場に入ったら、受話器の取扱いに戸惑わないためです。 どの会社も時代に合わせて最新設備になっているとは限らず、むしろ過去の道具に慣れておいた方が良い場合もあるからです。 さて、前置きが長くなりましたが、情報伝達には「三類型」があると言われます。 文字で伝えること、音声で伝えること、そして見て伝えることです。 少し前のブログで書きましたとおり、人間が持つ情報インプットのための優位な感覚は視覚だと言われていましたが、いまや同時処理をしているとも言われます。 『文字』 『音声』 『見て』 冒頭に書かせていただきました、時代による大きな変化はあっても、情報伝達の方法は変わらないのです。 つまり何を使うか(ツール)が進化しているだけなのです。 恐らく、これは将来も同じことかと思われますので、私たちはツールだけに振り回されることなく、本質にある情報を伝達する目的、意味を十分に理解し、それは色あせないことを認識してゆかなければならないと思います。 そして、ツールは技術や慣れで習得できますが、コミュニケーションの本質である三類型は慣れに加えて、相手のことを想像し、何度をどのように伝えるのかを主体的に場面や内容によって使い分けをしたり、思いやりを持って取り扱うなど、情報伝達の意味を理解することが必要だと思っています。 道具は変われど伝達する内容は時代の影響を受けず変わらないことを知っておきたいです

  • シンギュラー

    singular(シンギュラー)は「シングル」(単数、単独)から派生して、「特異的な」という意味になるそうですが「唯一無二」と言う意味合いとしてでも使われます。 余談ですが、英文法を学んだ方は、この”シンギュラー”という言葉覚えていらっしゃるかもしれません。これは英語の「単数形」のことを示す言葉でした。。。 「特異的な人」と言われると、他の人とは違う人という印象が強調されて、周りの人の中には引いてしまう人がいらっしゃるかもしれません。しかし「唯一無二」といえば、人について肯定する表現としてポジティブな印象があります。 シンギュラーは誰にでも当てはまることだと思います。 つまり、誰にも唯一無二の部分はありますし、そもそも、誰もが必ず持っているものは「個性」と言われ、それは唯一無二のや特異性であったりもするからです。 自分と全く同じ個性を持っている人は他にはいないはずなので、つまりは全員が唯一無二なのではないでしょうか。 その「個性」が、どの程度一般標準と違うかで、人はその人に対して持つ印象が微妙に変わるのかもしれません。 その微妙な部分にこだわって、自分を高い位置に置いたり、低い位置に置きたくなるのだと思います。 「標準であること」や「他の人と同じであること」にこだわることについては、古くからさまざまな格言や示唆に富む言葉が語られてきました。 例えば・・「人はそれぞれ違うのだから、人との比較よりも自分らしさである」 「人と比べる人生」ではなく、「自分を育てる人生」・・等 自分の気持ちが弱くなればなるほど、自信を失いそうになるほどに、その傾向が現れるように感じます。 就労支援を行う就労移行支援事業所ユースターを利用される方が、就職を前に、まず忘れそうになっていることは、自分の”シンギュラー”です。 誰にも個性と言える部分があって、そこに対して自分で肯定的な見方ができなくなってしまっていることです。 それだけではなく、良い悪いの評価を付け、たいていは何かと比べて「できていない」「できないであろう」と決めてしまっていることです。 ユースターを利用される方で「〇〇ができない、〇〇に自信がない」という気持ちで一杯になっている方に、その気持ちを受けとめつつ、次のような言葉をかけることがあります。 ●「これまでできてきたことがたくさんありますよね、例えば〇〇とか・・」と具体的な実績や経験を自分で見つめていただく ●どうしても他の人と比べがちな方には・・・ 「未経験なことに本当に自信があると言う人は少ないですよ」「就職はあなたのゴールであって、他人のゴールではないです。自分のゴールを大切に」 などです。 未経験であることが、自分を一段低くしてしまっていることに気づいていただければ、そして、自信があるかないかは経験して初めてわかるものであることをお話ししたりします。 そして、人にはシンギュラー的な部分が必ずあり、自分以外の全ての人が標準なのではないことをわかっていただきたいと思っています。 さらに自分と他の人を比べる精密な計測器もどこにもないことも知っていただきたいです。 タマゴは全て同じ形で大きさでしょうか・・・

  • 災害に備えて

    自然災害が日本のあちこちで発生し続けています。 ニュースを見るたびに、災害の被害から何とか復興を目指す方々のご苦労や心情をお察しし、心が痛みます。 改めて、日本は、地形、地質、気象条件から、さまざまな自然災害が起こりやすいのだと感じざるを得ません。災害はどこででも起こるという自覚を持たなければと認識を新たにします。 先日、自然災害の対策について、就労移行支援事業所ユースター内で話し合いました。 施設としてのBCP(事業継続計画)は作成していますが、それを根付かせて、具体的な対策の実行に取り組まなければなりません。 緊急事態が発生することは避けられないとしても、緊急事態になった際の被害を最小限にすることについて向き合う必要があると強く思います。 ユースターの場合は、施設としても、火事や地震だけではない被害を想定して、それぞれに避難経路や段取りを確認していますが、本当に発生した場合には、どこまで訓練通りに進められるのか、不安は残り続けています。 またユースターの場合には、多くの方が就職をして社会の中のさまざまな場所で働いています。就職をした先の企業で、危険防止から発生時の対応をしっかり教えてもらっているだろうか?と考えると不安がさらに大きくなります。 会社に所属して就労をするということは、社会で生活する力や知識、知恵も必要になります。 正直ユースターに通ってくださる数年だけではその全てを網羅して習得することはできません。 どうしても習得することの優先順位が出てきますし、働くことに直結することから取り組むことになってしまいます。 就労されていらっしゃる皆さんの場合は、それぞれの組織に所属する人として、その組織のルールや指示に従って行動し、更に自分を守るということが必要になります。 就職先の企業で避難訓練や災害から身を守る練習に積極的に参加をしていただきたいと思います。今後とも皆さんに声をかけてゆきたいと思います。 仕事以外の部分でユースターでは準備が行き届かなかった数々の事柄があります。 その中でも、特に災害への対処は、ユースターで相対的に時間が割けなかったものの一つです。 緊急時、自分の判断で自分を守れるだろうか?組織の指示に従うことができるだろうか?と災害に対する講座、避難訓練などは続けるとしても、更に、就労に向けたプログラムの中で自分を守ることについて取り入れてゆきたいと思います。 火事や地震にとどまらないBCPの実行に力を入れなければなりません

  • 支援者の思い込みが妨げるもの

    サービスを提供する人・・その方の経験不足や思い込みが妨げてしまうものはあると思います。 例えば物を売るお仕事であれば、売る人(店員)が経験の浅い人だったとしても、買い手と売り手の間には不動の「商品」がありますので、消費者は売り手の方の専門知識の多少にかかわらず、その商品を見て、ある程度目指すものを見つけたり、その商品の評価ができます。 しかし、こと「サービス」となると、モノではなく、提供する人そのものが販売するもの(商品)になりますので、消費者は、サービスを販売する人を、ひたすら信じるしかないのです。 サービスを販売する人が不慣れであれば、消費者としてはサービスを完全な形で受けることができないわけです。 「画竜点睛を欠く」と言いますか、せっかく結びついた消費者や受益者に対して、求めることを提供できない・・やっと出会った求める方と提供したい方・・両者がマッチングしても、最後の詰めの大事な部分が不十分であれば、全体として完成形にならない、という残念な結果になるのです。 買い手・消費者としては、これを「損した」とか思うかもしれません。 このように、提供する側の力量が直接サービスの質につながり、消費者の評価につながることを考えると、特にサービスを売る場合の、提供者の状態はとても重要なのだと、あらためて認識します。 提供者の力量がサービスの質を決めるということを事業者が認識しているからこそ、サービスを提供する上で評価の高低がビジネスに影響しているのだと思います。サービスの質が低い場合には消費者から受け入れられないからです。 消費者は、名前がメジャーなブランド、大企業といった看板でサービスを選ぶこともあると思います。それゆえ、まだ無名のサービス提供者は、自社サービスを知ってもらうために、大手の実施する宣伝に載ったり、コラボをしたりしています。 しかし、肝心なサービスが、大手に引けを取らない質でないと二回目の利用にはつながらないので、極めて厳しい状態に置かれているのが普通です。 福祉のサービスは「サービスの提供」に属しますので、当然に提供者の状態やその人が誰かが問われます。 支援者の力量がサービスの質を決めますし、もし支援者が未熟であれば、せっかくの支援のシステムやツール(道具)が揃っていても、それを利用する方の満足にはならないです。 そう考えると、福祉サービスを選択する際は、施設やそこで行う活動、運営法人といったものの前に、それを提供する人が最も大事な点になるはずです。 サービスは、それを提供する人の技量以上にはならないからです。 私たちの事業所である、就労移行支援事業所ユースターや行動援護事業所ユータイムももちろん同様です。 支援スタッフの提供するサービスが、適切で利用者の満足に値するものであるかどうかを常に評価してゆかなければならないと思っています。 その中で、支援スタッフの思い込みで支援が決められてしまうと、それがたまたま求められるものと一致していたとしても、一か八かのサービスになってしまい、それは避けなければならないことです。 私たちのサービスは思い込みという大きなリスクを負っています。利用する方や支援スタッフ同士の評価、決められた手順など、やはり基本に戻ることがとても大事で、そこに改めて重要性を感じます。 支援は思い込みでなされてしまうリスクも考慮しないといけません

  • モノづくりで獲得するモノ②

    高度な技能が求められる製造業からシンプルな作業まで、モノづくりといってもさまざまな違いがあります。 その違いは働く環境や働き方にも及び、働く人にとって、モノづくりとして一つにはまとめにくいです。 例えば、難しい作業の場合には、指示、注意点、アドバイス、忠告、評価などが当然多くなるでしょうし、その内容も複雑になります。だからといって働く人として避けるべき、ということにはなりません。自分が興味関心を持てることにはチャレンジするべきです。 一方、だからといって、シンプルな作業は、それらの難しさが無いかというと、決してそうではありません。 簡単な作業だから注意点や指示は少ないと「量」で仕事の難易度を考えてしまいがちですが、就労移行支援事業所ユースターの内外で行う作業の体験や就職した方のお仕事を拝見しても、シンプルであるのに毎日すこしづつ違う指示が来ますし、覚えることが多かったり、注意すべき箇所が複数に渡ることがあります。そして同じ作業の繰り返しであっても緊張感が高い場合も多いのです。 例えば何らかの部品を組み立てる作業であっても、細かい箇所の合わせ方や、梱包のしかた、部品の紛失や破損への細心の注意をはらい続ける必要があり、緊張が高いことも多いです。 それゆえに、そこから得られる能力や経験もたくさんあります。だからこそ挑戦をするべきなのです。自分の能力を開花させたり、伸ばすきっかけにもなるからです。 別の視点もあります。ユースターの中で行うモノ作り・作業や、就職して働く方のお仕事を拝見して、私はモノ作りで獲得できるもっとも大きな力は「コミュニケーションをとる力」なのではないか、と思うのです。 それは、コミュニケーションを身につける方法は、言葉や会話の方法といった技術だけではなく、実際に業務をしながら、コミュニケーションをとる必要性を知ったり、身につけられるものでもあると思うからです。 コミュニケーションは言葉に限らないのは既にお伝えしている通りです。言葉でも言葉以外のやりとりでも、業務を通して経験するのが本人にとっては習得しやすいのです。 例えば、途中まで作った工程を次の方に渡す・・といった比較的わかりやすい作業と思っていても「別の人に引き継ぐ」という行動や動作は極めて高度です。 ・どこまで自分が終えたか ・自分の行った工程を簡潔に説明できるか ・次の人に何を引き継いでほしいか ・自分が体験した工程から、次の人へのアドバイスは何があるか ・気を付けて欲しいことはなにか ・・・など これらの例のように、コミュニケーションを取りながら引き継いでゆく場面は実際の就労場面では多くあります。そして、慣れてゆかないと、スムースにコミュニケーションが取れないのです。 この場合のコミュニケーションは少しの言葉と、モノを引き渡す動作を通して次の人に伝えるということになります。 会話や言葉ができるからとか、話し下手だからとか、人見知りだから、などは言葉のコミュニケーションに若干影響はあっても、コミュニケーションの能力を測るものにはなりません。 相手に伝える気持ちがあること、心を開くことから始まり、まずは自分のできることに責任を持てること、それを誠実にこなして次に引き継ぐ方にも納得してもらえる仕上がりにすること、社会人の態度があること、そして相手を信頼し信頼されること、ミスや思い違いもわかりやすく見せ、場合により謝れること。。就労のためのトレーニングには、これらのコミュニケーションを的確にできるようになることが期待されます。 その力を身につけるためにも、作業の体験やモノ作り体験があるのだと思います。 作業やモノ作り体験は決して人対モノだけではない点が奥深いです。 モノづくりも人と人の関わりと捉え能力を広げる機会にしたいです

  • モノづくりで獲得するモノ①

    デジタルやバーチャルな世界が幅を利かせている世の中ですが、一方でまだまだ具体物のモノづくりが好きだ、と感じる方も多くいらっしゃいます。 モノづくりという仕事の範囲はとても大きいのですが、例えば就労移行支援事業所ユースターを利用される方の中には、シンプルで、同じ動作を繰り返す作業があり、モノ作りを連想させるような活動があります。 目の前にある具体的かつさほど複雑ではない作業を始めると、なぜか自然に没頭して打ち込む方が多いです。 確かに自分自身を顧みても、事務的な作業やひたすら会議が続くときには、具体的に手先や身体を動かして作り上げる作業をしたくなるときがあります。 人間は誰でも一つだけのことを繰り返すときに「飽きる」一方で、同じことを繰り返す行動は脳が喜ぶそうです。脳は何かの刺激や行動を体験すると、それに合わせて覚える機能があるからのようです(脳の可逆性というのだそうです) つまり一般でいう「適応力」というものです。 それがシンプルな動きであればすぐに覚えて適応しがちなため、一旦動作を覚えると、その後は心地よさや安心を感じるようになるのです。 少なくとも私は、そのような繰り返しの作業では、判断や複雑に思考することからひと時開放されて、心地よさを感じたりします。 ただし、(私の場合は!)それも長持ちはせず、また別のことをしたくなるのです(汗)。困ったものですが、これもまた脳のきまぐれさなのかと勝手に脳のせいにしています・・ しかし、これらのことが言えるのは、モノづくりの中でもシンプルな作業の場合であって、難しいモノづくりには全く当てはまらないのだと思います。 色々と悩まずに没頭できる作業と、じっくり考えて判断するような作業とでは、それぞれに感じ方も違い、やりがいや、目的感、楽しさの見出し方も違ってきます。 難しいモノ作りか、シンプルな作業か。。好みは分かれますが、どちらのモノ作りでも、そこから得られる能力はたくさんあるのです。 例えば、器用さ、集中力、正確に作業をする力、巧緻性(器用さ)、技巧性、想像力、効率性、自分への自信や自己肯定感、努力と成果を形として見て実感できる達成感・・等々。 これらの能力が身につくのはメリットですが、それだけではなく、作業をする自分を振り返ることで、自分の持つ能力や仕事との相性、機能、特徴などの相性がわかるのも魅力です。 しかし・・・ 皆さんは、「意外だ」と思われるかもしれませんが、私が思う、モノ作りで獲得できる力の中で、もっとも大きなものは実は「コミュニケーションをとる力」だと感じています。 どのようなことからコミュニケーションをとる力が身に着くのか、次のブログで書かせてい ただきます。 (=>つづく) モノ作りの楽しさに魅力を感じる方も多いようです

  • 選ばれる嬉しさとその感情

    採用内定を得たときの気分は誰もがポジティブな感情になると思います。 もちろん、今まで知らなかった会社や(人によっては)初めて社会人になることが急に現実になるため、不安な気持ちが襲ってくるのは自然なことだと思います。 しかし、採用内定を受けた直後は、やはりうれしさ、心地よさ、安堵、誇り、希望、自尊心などのポジティブ感情が湧き上がってくるものだと思います。 就労移行支援事業所ユースターでは、支援スタッフは、利用される皆さんが会社から内定を受ける「その瞬間」を共にできる機会に恵まれます。 何度経験をしても、毎回支援スタッフも喜びで満ち溢れるのですが、当の本人の表情が全く変わらないときもあるのです。 それは現実を実感しきれていない、ということや「このあと、どうなってしまうのだろうか・・」という戸惑いもあると思うのですが、それ以外に、自分の感情をどのように受けとめたら良いのか・・・感情処理の問題もあるかもしれません。 この場合の「感情処理」とは、複数の感情が次々に来るために、自分はどのように感じているのかがわからなかったり、言葉にできないでいるとか、どう表現したら良いのか困惑している、といったことではないでしょうか。 就職というと大きなイベントです。新しい人生に踏み出すという、今までの自分が知っている世界とは違うものを見るのかもしれないー不安なのかもしれません。 そこで、ポジティブな感情を処理するために、支援スタッフができることは、なるべくリアルに、これから始まることを具体的に確認することなのだと思います。 「おめでとう」の言葉の後、余韻を楽しみつつ、なるべく早いタイミングで次のことに話しを進めた方が歩みだしやすい方が多いのです。 次の段階をすぐに進めるのが良い理由はそれだけではありません。例えば、次の手続きに進むことで、自分のポジティブ感情を処理・整理するきっかけになるからです。また、今まで結果がわからない中で、就職活動をしてきた見えにくいゴールターゲットから脱することで、気持ちの安定と、何をしたら良いかが絞られ、エネルギー消耗を減らせるからです。 そして、内定を出した先方が待っているから、というリアルな事情もあります。 選ばれるということは、人生の中でとても素敵な経験ですし、特殊な事情がない限り、数多くは経験できないことかと思います。 選ばれることで自分の中に湧き出るエネルギーを是非有効に使っていただきたい、と支援スタッフも思います。そして、支援者としてかける言葉を吟味します。 「おめでとう、良かったですねー」の言葉はもちろんですが、その他の言葉で感情を整理していただいたり、次の安心を得ていただきたいです。 感情処理をお手伝いしたいと思いながら、嬉しさをいつもおすそ分けしていただいています。 たくさんのポジティブ感情に浸り、その感情を自分のものにしていただきたいです 大きく刺激される瞬間なのだと思います。

  • トータルに見て(多角的視点)

    就労支援を提供している就労移行支援事業所ユースターでは、対象となる方個々人に合わせた支援を考えてゆくことが基本になります。そこには、集団で取り組む作業であったり、同じテーマで講座を開いたり、と一緒に取り組むプログラムも多くあります。 個々に考える支援とは、見た目で一人一人が違うことをしている、ということだけではないのです。同じ活動を全員が行っている場合もあるのです。 個々に考える支援とは「個々の目的に沿った支援」とも言い換えられると思います。 まず、個々人に合わせてたてた支援の計画に沿って、その方の目的とするものを見据えてプログラムを選ぶということになります。それゆえ、例えば同じ活動であっても目的が個人個人で異なるということになります。 例として、同じ作業でも、ある方はリーダー的な立場で全体を見て自分の仕事を考えたり、別の方は、材料管理などの管理力を培うためのものであったり、ひたすら処理能力を上げるために集中して取り組む方がいらっしゃったり・・かと思えば、ミスに対して対応してゆく経験など、それぞれの方の目的に合わせて「役割」や「目指すもの」が変わるというものです。 その役割や目指すものはどのように設定されるかといいますと、各自の就職までの距離や意識、経験の積み重ね、就職を見据えた各個人の段階などによります。もちろん、個々人の得意や苦手なことも参考となります。 しかし、時にはいろいろなことを意識せずに取り組んでいただくこともあります。それは社会や会社で経験するであろう”あいまいさ”や”突然おこること”への対応といった状況を体験していただくためでもあります。 支援は普遍的なものではありません。人生の中で生きてゆくことと密接ですので、形や枠にはめ過ぎずにリアルに進めるということがとても大切であると思っているからです。 その中で、前提として外してはならない基礎もあります。それは社会をリアルに見据え、トータルに役立つ支援を考えるということです。 例えその方に合った支援があったとしても、逆にそれだけで良いのかを常に疑問視して取り組む必要がありますし、苦手なことを避けても良くありません。 自分は道理に合っていても、周りの環境が理不尽であるかもしれないからです。 また、就労といっても、働く時間のことだけではなく、働くための身体づくり、生活の自己管理からモチベーションなどさまざまな時間外に行うことの積み重ねも就労につながります。 そこに支援を当てはめることは簡単ではありませんし、例えばユースターが達成できているとも言えませんが、トータルな視点(多角的視点)を失わずに持ち続けることが支援スタッフのためにも重要です。 支援スタッフが思っている通りに進まない支援は数多くあります。想定外は支援を受ける方だけではなく、スタッフ側も同じです。 何が起こってもそれは全て社会で起こること、とおおらかに捉え、一つ一つが全ての人にとっての支援になるのだ、と受けとめて取り組む必要があると思います。 ユースターを利用する方も支援スタッフも、成長してゆければと思っています。

  • 施設選びー「視点」より「視座」で

    私たち就労移行支援事業所ユースターや行動援護事業所ユータイムを利用されている方や、これから施設を探す方に対して、その方の「視点」だけでははく「視座」が大事であると思います。 どのような分野でも、それを利用する方や消費者に対してサービスを提供する立場であれば、利用する方の視点を考えずにサービスは提供できません。 特に営利を目的とした事業者は、シビアに消費者の求めていることを研究しているはずです。それを外すと事業自体が成り立たなくなるからです。 福祉事業につきましてはどうなのか?と言いますと、支援を提供する側と、利用する方両方の関係が、一般のサービスとは若干異なると思います。つまり需要と供給の状態が少し違うのだと思います。 就労移行支援事業所ユースターや行動援護事業所ユータイムに関心を持ち訪ねて下さる方、見学や体験などでお越し下さる方との対話は、私たち支援を供給させていただく立場として、何よりも大切で、そこでお聞きする要望(ニーズ)は、支援を提供する私たちの方向性を決める大きな道しるべになります。 しかし、そこでお聞きするべきニーズは、他業種に於ける「消費者」の持つ関心事とは異なり、利用を希望する方(以下「利用希望者」)の今の状況や、社会とのつながりの状況がニーズになるのだと思います。 利用希望者は、何を基準に施設を探したらよいかを必ずしも明確になっていない場合もあるからです。 そのため、初めて施設にお越しくださる方に「何が希望ですか?ユースターやユータイムで何をしたいですか?」とお聞きしても、自分の求めることを言葉で正確に説明するのは容易ではないと思うからです。 例えば一般のスーパーを例にさせていただくと、「品揃え」「価格」などを店舗に入って気軽に見ることができ、自分なりに比較もできます。 しかし、福祉施設は、そのように気軽に入って見たり、試すことはできません。 さらに、一般店舗のように、日常の生活の中で毎日身近に目にするような存在でもありません。 そのため、何が良い「基準」なのかを判断すること自体が難しいのです。 そこで、利用希望者が抱える施設選びの難しさをカバーすべきなのは、施設側だと思います。 施設型の情報提供の仕方やわかりやすい見せ方に加えて、利用希望者が求めることを言語化して逆提示し、比較していただきやすいように特徴を説明するなどです。 そのために施設側が行うことは、利用者の「視点」で「施設に何を期待するか、何があったら良いか?」を考えることですが、「利用者の視点に立って考える」だけでは十分ではないと思います。 なぜなら視点は「どこを見るのか?」という狭い範囲での見え方を言っているものだからです。 そうではなく「視点」を知った上で「視座」を高くして、施設や支援のことを知っていただけるように説明するべきなのです。 利用者の希望は「施設のどこを見たいのか?」ではなく「自分の状況や状態をもとに、自分は何を求めているのかを、自分でも知ること」なのではないでしょうか? 「視座」の「座」は位置や立場を示しているものだそうです。「視座」は、利用者の立場で周りのことを見たり捉えたり、触れたりすることですので、利用者が、自分の求めることが具体的にイメージできていない場合は、特に、説明する施設側が「視点」だけで考えるべきではないと思うのです。 何を知りたくて施設を見に来てくださるのかを良く理解するべきです

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