ハードとソフトの支援②
ハードな支援とソフトな支援について書かせていただいています。今日は2回目です。
障がいのある方に限らず、様々な方が利用される福祉の制度はソフトな支援か否かを考えながら、支援の在り方を考察して参りたいと思います。
制度は人間が作る人工的なものですし、誰も作らなければ無かったものです。では、なぜわざわざ作られているのか?、と言いますと「万人にわかりやすくするため」「不特定多数の方が、目的に沿って生活や活動をする際に、拠り所とするため」です。
制度には、公的なものもそうでないものもありますが、目的や条件を満たした場合は、誰にでも平等にサービスが提供されるために必要となる仕組みなはずです。
障がいのある方や、何等かの支援を必要とする方が、公的なサービスを受ける場合には、福祉サービスの制度が関わるわけで、就労移行支援事業所ユースターの場合は、障がい福祉サービスの制度の中にある「就労移行支援事業」を担っています。
しかし、社会全体の中で、実際に福祉制度を使用された方は「〇〇しか利用できない」とか「申し込んだが制限があった」「住んでいる場所が制度が充実していなかった」・・・など使いにくさ、わかりにくさについて、現場では多くの声をいただくのも事実です。
制度であるなら、使う方にとっての利便性やメリットとなるべきものですから、その本人たちが使いにくさを感じている場合は解決をしなくてはいけません。
前のブログで書かせていただいたとおり、支援自体は提供する側も受けて下さる側も人となります。
今やさまざまな局面で、人が介入しない場面も増えていますが、就労支援の場合は、今のところは、毎日の支援のほとんどは人が担っています。
人が主体であるなら、それはソフトな支援なのであろうと思います。
しかしその運用を定めた「制度」はどうでしょうか?
制度は人ではないからハードという見方もあるかもしれません。
そこで、着目したいことは「福祉の制度が目指すもの」です。
福祉の制度は、どのような社会や状態を実現しようとしているのか、それを実現するしくみそのものです。
そのように考えると、目指すものがあって、それを担う道具として見ると、それはハードなものなのかもしれません。しかしそれを作ったのは人であり、そこにある信念や理念はとてもソフトなものだと思うのです。
更に、制度は決まったもの、と決めつけずに、それはもともとはとてもソフトである人の希望やニーズから生まれたものであるので、その中身には作り手や利用する方の「希望、想い、願い」などが詰め込まれているものです。
それであるから、支援ももちろん、それを定めた制度をはじめ、支援を取り巻く全ての事柄をソフトととらえて、関わる人がより良くしてゆくことを考えるべきなのではないか、と思うのです。







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