自らを愉しむ
- 吉岡 俊史
- 2 日前
- 読了時間: 3分
就労移行支援事業所ユースターの中に何度か登場する「愉(たの)しんで生活する」という表現についてです。
イソップ物語の中に「みずからを愉しむことのできない人々はしばしば他人を恨む」という表現があります。
他人を羨む(うらやむ)ではなく「恨む(うらむ)」のだそうです。そこまで強い表現なのだと感じました。
その意味をたどると、自分の生き方ややりたいことが決まっていれば、そのためにやるべきことをやるのだから、他人を恨んでいる暇はないはず、ということです。
障がいなどがあり、就職して働くことに困難さを感じる方は、選択肢としてユースター等の就労移行支援事業所の福祉サービスがあります。お仕事を探したり働いたりすることへのサポートを受けることができます。
しかし、ユースターの利用を希望しながらも、どのような社会人生活を送りたいかお尋ねすると、誰かに指示されて働くのは嫌とか働くこと自体避けたい、という本音を語る方もいらっしゃいます。それでも支援を受けて働きたい・・という一見矛盾にも見えることがあります。
その方にじっくりお話をうかがうと「自由にやりたいことをやりたい」という言葉も出てきます。自分の自由な生き方を探し求めたいのかもしれません。
私からは、自由な生き方とは、何もしないことや、誰にも束縛されない、ということだけで完成するものではないかもしれないことや、やるべきことをやると自由が奪われるというものでもないことなどをお話しすることがあります。
そして「自由になりたい、自由にしたい」とおっしゃる方も、、他人や就労と接点を避けたいといいながら「他の人と自分の比較」には余念がないようなのです。
好きなことをしたい、何もやりたくない、と言いながら、普通は?他の人はどうしているのか?(何をやっているのか?)を支援スタッフに聞いてくる場合が多いのです。
また他の人が気にならなくとも、自分は他の人のようにはできないと決めてしまう方もいます。
また、逆に自分は間違いなく正しいことをしているので、他の人の不真面目さ、いいかげんさ、ルールを守らないことが気になってしまう。という方もいます。
冒頭のイソップ物語の寓話ではありませんが、自分が何をしたいかが、具体的にわかっていないときに他の人が特に気になるのかもしれません。
そして、特に「自分が愉しめていない」ときに、他の人と比較したくなるのではないでしょうか?
私も含めて、誰でも自分は正しいと思いたいですし、一生懸命に正しいことをしようと努力もしたいと思っています。
しかし、自分に自信を持てない部分を複数持っているのも人間かとも思います。そのことを受けとめながらも、自分なりに愉しめる生き方を就労支援を通して探せると良いと思っています。

