業(なりわい)として
- 吉岡 俊史

- 18 時間前
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業はその一文字だけで「なりわい」とも読みます。「なりわい」という言葉や意味はすでにご存知の方が多いと思います。
なぜ、今日この一文字を取り上げたかといいますと、最近自分の仕事(またここでも業・・)のジャンルに関係して、「業」は毎日よく書く文字だなあーと何となく感じたからで、せっかくですので少し調べてみました。
なりわいは、生業とも書くために、生きるために仕事をする、という意味につなげてみる方もいらっしゃるそうです。
「生きるためにー」というのは、生活をするために働く、ということを指して、そこではお給料、報酬といった対価を得て、生活の糧とする。そのために働くということになります。
しかし、一方で「生きるためにー」とは、生活費や、経済的な豊かさだけではなく、自分の「人生を豊かにするため」「生きている証や目的」を実現するため、といった意味も含んでいるのではないかと思うのです。
そう捉えると、働くことによって、自分の心も、見えない報酬が得られるのかもしれないと思います。
仕事というとあたかも指示されたもの、極端に言うと、自分という「人」よりも自分の「労働力」が目的とされているようにも映りますが、指示されたことをこなすことで、自分の内面やハートには自分を高める有形無形の報酬が入ってくると捉えたいです。
ありがたいことに、就労移行支援事業所ユースターは、利用される方を就職に送りだす日々なのですが、皆さんにお送りしたい言葉としては、やはり「自分のために働く」です。
ユースターで頑張って力を蓄えて、社会で発揮することで、自分のハートが報酬を得られ、金銭面のものもいただける・・と考えていただければ、働くことを少し前向きに受けとめられるのではないでしょうか。
働くことで、わかっているようであいまいであった「社会や会社の中の自分の役割」もわかるのではないかと思いますし、わかるというよりも、それを感覚として感じられると、お仕事も続きやすくなるのではないかと思います。
なりわいは、生計をたてるためのものなのですが、与えられた役割をわかりやすくするものでもあり、なりわいを持つことで、自分の役割や働く目的が明確になり、それによって責任感を感じられ、生きて生活することにもっと主体的になれるのかもしれません。
生業とも書く”なりわい”は、”ぎょう”とか”ごう”・・など複数の読み方があるようです。宗教的な倫理観も含まれる場合もあるようですので、人々がその言葉に込める想いの奥は深いのかもしれません。いずれにしても単に「仕事」だけではないのですね。





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