取り次ぎのもろさ
- 吉岡 俊史

- 3 日前
- 読了時間: 3分
みなさん、電話で行う伝言や連携で、「そうではなかったのに~」と後からがっかりした経験はありますでしょうか?
伝言というと、耳から聞いた言葉を言葉でつなぐことが多いです。
そこが難しいところなのではないかと思います。それは、対面で話していても、言葉だけだと誤解が多く生じるからで、それが非対面で、かつ誰かを解する取り次ぎとなると・・これほど「もろい」ものはないのかもしれないと思うのです。
そもそも、完璧に伝わるということ自体が、発信側・受信側双方のスキルがとても高いからなせるわざ・・と捉えて、高く評価・感謝し、一部伝わっていない部分とか誤って伝わったということがあるのが標準・・・💦くらいの感覚を持っていないといけないのかもしれません。
新しいものを検知すると、最初の脳活動は、視覚の情報を捉えることと言われます。これには個人差があるようで、脳が映像化して理解する人とそうでない人が実際にはいるそうで、必ず映像化をしているとは言い切れないようです。そしてそれに伴い、言葉での説明の仕方や理解方法も違うそうです。
取り次ぎをする際、映像化しやすい人は、色々なものを映像として説明することができます。
例えば、「今急いで会議に行くので必死で走っている」・・・という説明を映像化して説明する人はこのように言うかもしれません。
●「時計を見たら会議開始まであと2分しかなくて、カバンを抱えて廊下を全力で走っています。」
●「信号が赤になりそうで、息を切らしながら歩道橋を駆け上がっています」
一方で、映像化しないで説明する人はこのように言うかもしえません。
●「時間がないため、できるだけ早く移動しています」
●「会議に間に合うため急いでいます」
どちらが良いということではないと思います。なぜなら、例えば電話の取り次ぎであったとすると、その内容は、簡潔、具体的でなければなりませんので、情景が浮かぶように長い表現をされたり比喩で話すと、何が要点かわからなくなる可能性もありますし、一方である状況を取り次ぐ場合は淡泊すぎる説明だと、いま一つ「状況」が伝わらないかもしれないからです。
そしてやっかいなのは「映像化する人」が「映像化しない人」に取り次ぐ、あるいはその逆の場合ではないかと思うのです。
一方は具体的なイメージを要求しているのに、それが説明からは読み取れなかったり、片方は具体的なことを言葉から受け取ろうとしているのにそこには本来の意味とは無関係な(例では”歩道橋”)ものが出てきたりするからではないでしょうか?
取り次ぎは「誰」と人を選ぶことはできません。相手が映像化する人か否かも選べませんしわからないことが多いです。
そのような中でも、人の言葉から、なるべく事実に沿って正確に自分の脳を動かしたいので、やはり複数のツールを使って事実に近づくしかないのか、と思うのです。
そして、再度・・完璧はない、とあきらめることでしょうか💦・・・。






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