ものの受け取り方
- 吉岡 俊史

- 4月3日
- 読了時間: 3分
一つ前のブログで、春のメンタル不調、ストレスと心身不調について触れました。
移行支援事業所を始め、いくつかの就労支援に関わる分野の支援事業を行っておりますユースター、そして障がいのある方の外出や活動支援を行うユータイムですが、どちらの事業所の利用者も、ユースターなりユータイムと決めたルールを知って利用して下さっています。
「認知」という専門用語が心理学にあります。
誰でも、認知とは何のことか、だいたいはご存知だとは思います。
「認知」は単に「知る」ということではなく「受け取る」という意味に近いことを示しているようです。
つまり、ものを知る、ということは情報を得て「わかった」となることですが、心理学では、「認知」とは、情報を得て知るだけではなく、覚えておいたり、解釈をしたり、という情報を処理することも含んでいるようです。
心理学のお話しはここまでとして、人が何かを知ったとき、単に情報を得て終わることは少ないのだと思います。
ユースターやユータイムのルールも、その内容を単に知るということだけではなく、その内容をもとに、皆さんは色々なことを考えて行動されるのだと思います。
それゆえに、ルールを発信するユースターもユータイムとしても、発信して終わりではなく、しっかりと伝わっているか、誤って伝わっていないかフォローをする必要があると思っています。
なぜなら、前述のように、人は情報を得るだけではなく、それに自分の解釈を加えてゆくことが、私達が何となくやっていることであって、個人個人それぞれの「受け取り方」をするのが自然なことだからです。
何かを知ったとしたら、あとからそのことを思い出して別のことに応用したり、知った情報に対して自分の思考を加えて伝えたり・・と、単に「知る」にとどまらず、自分なりにかみ砕いてみるのが人間の「知る」行為なのです。
例えば、誰かがSNSで発信した情報を得てそれに反応を返したくなるときがあります。X(旧ツイッター)にポストするような感じで、自分の反応を今度は発信するのは、情報を単に受け取るだけではなく、処理もしたいからではないでしょうか。
冒頭に「認知」とは「知る」だけではなく「受け取る」と書かせて頂きました。
知ったことを「自分はこのように解釈した」と誰かに伝えたいのは、「これで合っているか」と確認したい気持もあるのかもしれません。
しかし、その情報の受け取り方によっては、自分にストレスがかかることもあると思います。
情報を発信する側と受け取る側が、量や内容共に完全に一致するということは本当に少ないので、受け取り方への気遣いがあると良いと思うのです。
「自分はちゃんと伝えたのにー」と言いたくなりますが、それでは不十分なときがあるということを知っておきたいです。
今の私達の生活の中では、正解をすぐ得られる状況にあります。しかし、せっかくの正解でも、それの受け取り方によっては、違う解釈で、意図しない判断をしたり、発信することも起こりえると思います。
発信する側の気遣いと、受け取る側の、発信する人の意図を考える気遣い・・・両方の気遣いが大事なのかもしれません。






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