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- 何時?
何時までにしあげるのですか?何時に終わりますか?何時に始まりますか?・・・・ ユースターの中で、良く交わされる会話です。もちろんユースターの一日は、スケジュールと時間が決まっていて、その時間に合わせて一日が進んでいくのですが、利用される方の中には今の時間と決められた時間の照合に少し不安があり、その都度確認をしたい方、定期的に時間とスケジュールを確認したい方もいらっしゃいます。 それとは別の目的で、時間を聞いてくる方もいらっしゃいます・・それは 時間は決まっていて、みんな知っているが「えっと〇〇は何時からだったっけ?」と誰かと確認し、自分の安全安心を得るためです。 わたしたちは、時々周りの人と「次」を確認して、安心するときはないでしょうか。特に時間については、 『自分はこう理解しているが、本当にそれで合っているのか?』 の認識を合せたくて、周りに聞くときってありませんか?・・・ 例えば、イベントや映画、コンサートなどは開場開演など・・時間に遅れたくないので、 何時に?という問いは時間を知りたい以上に確認したい、安心したい、という想いがあるのではないでしょうか。 先日、ふとよぎったのは、そのように時間を聞いてくる方に「あなた知っているはずでしょ、スケジュールを見てください」という態度をするのは、その方が本当に求める「返事」ではないのかもしれない、と思ったのです。 時間を知りたい「何時?」というのと、同じ認識を確認したい「何時?」は微妙に違うように感じました。 相手のおもいに沿った返事は、相手への思いやりの形でもありますし、更には、その結果が相手から自分に向けても返ってくるものなのだと思います。 ユースターで「何時に始まりますか?」と聞いてこられた方には、その方へ時間を回答するだけではなく、相手へ安心をお渡しする気持ちを「支」えて「援」助することなのだなあと思った次第です。 私達ユースターの中では、自分で時間を管理する習慣を身につけるという練習はもちろん行いますが、その目的と共に、利用される方と信頼関係を築いて、一緒に就職を目指すため、相手へ安心をお渡しするためのやりとりもあるのです。
- 上と下①~上に立つ人~
どのような組織、会社、チーム、グループにも、二人以上の人が集まると上下の関係が存在します(それも人間に限ったことでもないようで・・)上下関係と表現してしまうと、上の人の権限や采配が大きく、下は従うひと、というイメージが強くなりがちで、上や下といった関係ができることは、ネガティブな言い方がされる場合もありますが、時にはとても良い事もあります。。。 例えば、就労の場面では・・・ 指示を出す人、決めてくれる人、相談に乗ってくれる人、そして責任を持つ人・・などです。こういう役割を持つ人がいることで、就労をする際にも安心できる、という事になります。 しかし、本来、上にいる人がこれらの事を正しく実行していれば、その組織や会社は働きやすい場所になり、ユースターから就職する皆さんもその会社で力を発揮しやすくなると思うのですが、理想通りにはゆかない場面も多くあります。 そもそも上に立つ人の中には、ご自分の立場を少し歪んで理解したり、場合によっては勘違いされている場合もあるのが現実です。 どういうことかと言うと、極端な例かもしれませんが、理屈の通りにくい指示を出したり、行き当たりばったりの指示、あいまいな指示、言葉が足りない指示を出したり、働く側の知識、視点や状況を考えずに指示を出す、今の時代、権限だけを振りかざす人(もうあまりいないと思いますが)・・等です。その結果、求められる事が理解できずにせっかく意欲を持って就職した方が、何をしたら良いかわからなくなり、結果として自分を責めるまでに至ってしまうのです。中には、離職につながることもあります。 もちろん下にいる人たちにも努力が必要ですが、上と下という関係性からも、より配慮をすべきは「上にいる立場の人」である点は言うまでもありません。 上の立場の人のご苦労は他の人にはわからないくらい多くあると思います。 しかし、理想ですが・・・「上」という場所を守る人は、下を見れる人、指示ができる人、どんなに困難な選択肢でも決断を発せる人、今と未来を見据えている人、言いにくい事を責任を負って言える人、火の粉を浴びる人、誰よりも下に配慮できる人。。。これらの「上のひと」は素晴らしい組織なりチームを作り、そこにはさまざまな社員が働ける企業が生まれます。障がいのある方をはじめ、いろいろな人たちが頑張れる企業は成長する企業ともいわれています。ユースターもユーファーストも良い施設良い企業として精進をして参ります。
- ナッジ?
行動経済学の分野に精通されている方には一般的な理論のようですが、私のようにその分野の知識の無い人にとってはなじみのないものです。 ナッジとは英語でnudgeと表記し「注意を引くために、ひじでそっと突く」という意味があるようです。 つまり、相手に選ばせるようにして、選んでほしいほうにやさしく誘導する、というような意味です。 身近な例で言うと、たとえば私たちがパソコンなどでアンケートに回答したり、何かを選ぶ際、選択肢がメニューで表示されているとします。画面には選択肢の一つだけがあらかじめ表示されていて、その他の選択肢は、横に⇩のようなマークがあって、それを押すと出てくるしくみです。「プルダウン」と呼ばれているものです。 迷うとき、甲乙つけがたいとき、たいして興味がないとき・・・何を選びますか?・・・・ 最初に示してある選択肢をそのまま選んでしまう事はありませんか? 先日私はネットで服を購入しました。季節外の服が安くなっていましたので、早速購入したのですが、その服は季節外れの服ですので、今すぐに着るものではないので、急いで手に入れる必要はありませんでした。。無事商品を選び、購入手続きに入ったとき・・選択を迫られました・・「配達日」です・・そこにはプルダウンで ①なるべく早い配達 ②いつでも良い配達 の選択でした。普通考えるのは後者の②ですよね・・・すぐには着ないものですから。。 しかし、その画面にたどり着くまでの手続きの煩雑さにやや疲れがあった私・・・選択肢の最初に表示されている(つまりデフォルト)「なるべく早い配達」をこれでいいや、とついクリックしてしまったのです。 配送料は同じでしたので、①を選んでも、自分には何のデメリットもありませんでしたので。 あまり気にもしませんでしたが、今考えると、急いでいないものをなるべく早く配達していただく必要はなく、それによって配送に関わる方へ、余計な負担をかけてしまったのでは?ひょっとしてそれで残業する方が出てくるとか・・など罪悪感を感じました。 デフォルトになっていたが故にどちらでも良い人はこのように「最初に出ていたもの」を選んでしまうことが多い、やさしく誘導されてしまったのかもしれません。つまりそれがナッジなのです。 最初に出ていたものに限らず、みんなが選んでいるもの、といった心理的なプレッシャーもナッジです。 就職も究極の選択の営みです。ユースターを利用される方には、デフォルトやナッジに流されず、きちんと自分に問いかけて最善を選んでいただきたいですし、私たち支援者が、皆さんの気持ちをどこかに置いてナッジしないように気を付けなければならないと思いました。
- 包括的に
前回のブログで「総合的に」という言葉について書きました。 言葉へのこだわりから抜け出せず、今日は「包括的に」について書かせてください・・ 総合的・・が、異なることを一つにまとめる、という意味でしたが、似て非なる言葉に「包括的」があります。 私だけかもしれませんが、話し言葉としてあまり使うことはないものの、包括的も実は色々な場面で見聞きします。例えば、福祉の分野では「地域包括支援センター」のように使われています。 しかし、総合的と比べると、使用頻度は下がる気はいたします。 包括的も深い意味を持った言葉だと思います・・・ 「包括的」とは、そこにあるものをすべてまとめる、という意味だそうで、つまり全部をひっくるめて一つにまとめることを指します。 総合的との違い?それを書くとなると、国語の勉強のようになりますし、正しく説明できる自信がないので省略させてください。不明瞭ながらも何となく以下かと思います・・ 総合的ー異なる分野のものをまとめる 包括的ーそこにあるすべてのものを一つにまとめる 私たちユースターの就労支援では、包括的に進める部分と総合的に行うときの両方があります。 例えば、就職に向けて、少しのストレスでも乗り越えるタフさ、しなやかさを身につけるトレーニングでは、何にストレスを感じるかは人によって違います 「対人ストレス」「仕事へのストレス」「自分へのストレス」「将来未来展望へのストレス」「生きる事へのストレス」「自立へのストレス」などなど・・・ ストレスを感じるもの全てに一つ一つ対処する練習をすることは難しいです。そこでストレスを扱う時には、自分を中心に、自分の生き方、生活の仕方、働き方をする際、身の回りに起こることを包括的に捉えて、何に対するストレスであっても、一定ていど対処できる体験やトレーニングをしてみます。 包括的ストレス反応についての論文もあるようで、有識者の中ではストレスを包括的な視点で取り扱っていることもあるようです。 一方、総合的に進めるものは、わかりやすいものでは「自立活動トレーニング」のプログラムでしょうか。これは自立生活に向けたプログラムですが、自立生活のために必要なことはとてもたくさんあります、経済面、人との関係、生活する力、毎日の時間管理、身だしなみ、家や部屋の維持、住居賃貸・・・・・・などなど、これらの自立生活ことを総合的に取り上げてそれぞれに対するトレーニングをしています。 ユースターのトレーニングは生活に密着したものです。皆さんの意見やご指摘などを入れながら進化させていきたいと思っています。 ユースターのトレーニングを一度覗いてみませんか?
- 総合的に
総合的な視点をもって・・って、私は時々言います。でも、先日、ふと「総合的な」とはどんな意味だったかな?と考えてしまいました。 自分で多用しながらも、実は何となくしか意味を理解していなかった気がします。いや理解すらしていなかったかもしれません。(自分が説明もできない言葉が相手に伝わるはずはないですよね・・恥ずかしい・・) 「総合的」を辞書で調べると、ばらばらのものを一つにまとめる・・だそうです。つまり、ばらばらのものがまとまって一つのものになっているのが総合的なのだそうです。 冒頭に私が何もわかっていずに発した「総合的な視点」とは、この意味に当てはめると、分類や分野が違う部分も見て考えていかなければならない・・という意味といえます、自分が放った言葉をあとで理屈を合わせるとそのようになります。たまたま言いたかった事に近い意味でほっとした半面、つじつま合わせをしたようは気持ちもあります。 言葉の意味をちゃんとわかりながら使わないといけない、と改めて思いました。 言葉の意味が分かったところで、総合的に考えたり判断することは、言うまでもなく重要ですよね・・・特に現在、社会では、いろいろな垣根や常識の枠が無くなってきています。性別・老若といったしっかりとした区別の概念があったものまで切り分けて考えずに総合的にとらえる方向です。障がいの有無も同じことだと思います。障がい者にできてできないこと、という考え方から脱却して、誰でも人それぞれにできること苦手なことがある、というあたりまえのことを、言っているだけでなく、実行したいと思います。 働く場所においても、「障がい者には難しい仕事・・」はなく、「その方には合っていない仕事・・」と捉えるべきで、それを元に、仕事を渡す人は、その人にあった役割、適材適所に配置することをしていくべきかと思います。 色々な分野、場面で総合的になっていければなあ、と思います。
- 避難訓練
避難訓練を行いました。 避難訓練では、地震、火災など複合的に災害がおこったことを想定して自分の身を守ったり、避難したり、助け合ったり、といった点も含めて総合的に行っています。 思い返してみると、自分が小中学生だったころは、避難訓練というと、「火事だ!」というのが最も多くとにかく「建物から逃げ出す」ということをしていました。 少し時代が進むと「地震だ!」として頭巾をかぶったり、机の下に入る練習でした。 そして今はそれらが複合的に起こり、なおかつ、Jアラートのような警報までを想定する事態に至っています。 そうなると、逃げるべきではない時や、どこにどうすれば身を守れるのかは、その時に自分で判断する必要までが出てきたりします。 施設としての避難訓練は、なるべく広い範囲の災害を取り込んで、順番に訓練をしていかなければなりません。 正直、地域の避難施設も全ての災害に対応しているわけではありませんし、特にJアラートで発信されたミサイルといったリスクについては、逃げる場所もありません。 どうしても起こらない前提で、何とかなると考えたくなりますが、それは禁物だと言い聞かせています。起こった時に考えるのでは遅すぎるのは言うまでもありませんが、どうしたらよいかわからない・・だと、対応方法を考えることを、つい先延ばしにしてしまうことにもなります。 今回は地震と火災でした。無事終了しましたが、避難訓練が無事できて良かった・・・ではなく、 自分たちの脅威は何か、それをきちんと理解しているか、そして想定される対処を改めて考える必要があると実感しました。 それらの脅威をイメージしながらも、今できることを着実に行っていきたいです。 避難訓練を常日頃行うことが大事なのは今も昔も変わらないと思います。
- OJT
経験が無い仕事については、どんなものでも最初は難しいと感じます。やることや、手順がとても簡単であっても「できるかなー?」と不安に思う人が多いのではないでしょうか。 仕事に限らず、世の中の多くのことが、複雑になっています。日常生活でデジタル化が急速に進んで、私もデジタル機器を前に、とまどう経験をたくさんします。1~10まで知ってから操作するのではなく、感覚的に操作しなければならないことも増えているように思います。例えばマイナンバーカードや保険証・・デジタル化の方向ですが、実際にどのように使用したら良いかは、その時に誰かが教えてくれるだろう、やりながら何となく慣れていこう・・教えてくれればあとは感覚的にわかる(であろう)と・・・ ユースターから就職される方は、就職後、まず「仕事を覚える」という大きな壁に当たります。 作業などが複雑であればあるほど、気持ちを構えますし、きちんと習得してから始めなければならない、と思うかもしれません。 しかし、覚えて取りかかるより、やりながら覚えれば良い、と考える人も職場も増えています。 昨今の就職後の様子を見る限り、会社は後者、つまり「やりながら覚えれば良い」という仕事の教え方が増えているようです。数年前の調査でも、仕事をしながら覚えるOJT(on the job training)を重視する会社は7割で、研修や説明会のような働く現場を離れて理論を覚えてから初めて仕事の現場に入るOFF-JTが3割で、その差は益々大きくなっているようです。 その背景には、実践の方が即戦力となりやすい・・OFF-JTで教える人材がいない・・という時代の都合もあるようです。 ユースターを出て就職された方も、OJTで覚えていく、ということは、仕事が覚えやすい、すぐに仕事が経験できる、といった良い点もありますが、一方で、見たもの、聞いたものを職場で道具を使って、すぐに再現できないといけない大変さがあります。じっくり消化して、わからないことを考えて・・という余裕が少なくなる可能性があります。平たく言えば「見様見真似」で仕事を始めざるをえない状況もあり得るのです・・もちろんジョブコーチなど私達支援者が入って、働く本人の辛さがあれば少しでも軽減できるようにサポートをさせていただきます。 それでも、例えば、この作業はそもそも何のためにあるのか、なぜそうなるか、この会社は何をしている会社か、作業をするための基礎知識などをつかみにくくなるかもしれないのです。 また、起こりうるデメリットとして、OJTの場合、作業を覚えたらそれ以上のことを教えてもらう機会が無くなる、ということも起こり得るのです。 どちらが良いとか悪いとかではないかもしれませんが、会社も変わってきています。
- ごみの分別
おかしな質問ですが・・皆さんは、ごみの分別って得意ですか? ごみの扱いは、どの自治体でも複雑で、わかりにくく、一度や二度の間違いはある気がします。 そもそもごみを分別するのは、ごみ自体を減量するのと、資源回収を促進するためだと思っています。 目的は皆さん同様、私も納得賛同するものですし、協力というより、率先して取り組むべきものと思っているのですが・・少しとまどうときがあります・それは「分別」です。 一般廃棄物の生活系のごみだけでも、燃えないゴミ、燃やせないゴミ、燃やしてはいけないゴミ・・・、粗大ごみ、有毒ごみ、資源ごみ、と迷うことがいまだにあります。それも、市町村によって違っているようですし・・どこからが粗大で、有毒で、燃えないか、という理解が完璧にできていません(これではいけないのですが)。それぞれの基準線があっても、説明だけでは、いまひとつわからないこともあり、何がどの分類に入るごみなのか、いつも100%の自信が持てずに処理しているような気がします。 自治体によっては、絵などで示してくださっているので、わかりやすくはなっているのですが・・・それでも判断に迷う時があるのは私だけ?でしょうか。 あまりにわからないと、協力しなければ、という意欲をくじかれることになってしまいます。 ユースターを利用される方で、将来にかけて一人生活を計画されている方も多くいらっしゃいます。ごみ一つだけでもそうですが、こういった生活上の小さな悩みはたくさんあることを知るほどに、不安が増えるかもしれません。 生活をする上で「だいたいで良いよ」ということがあまりにも多くあります。たとえば、町内会活動は参加すべきか、ご近所挨拶は?・・・・・・ ユースターでは、一人生活に向けた自活のプログラムを導入しています。自分でこなさなければならない生活面のこと、自分で判断することなど、だいたいで良いよ、はどうするかなど、なるべく事前に練習していただくために実践・体験をしています。不安を少しでもやわらげるための、生活をしていくコツや完璧を目指す必要がないことと、欠かさず行わなければならないことの整理などです。 ごみの分別は支援スタッフも生活者の一人として、あいまいに覚えていたり、覚えていても忘れたり・・人任せになっていたり・・ということを自覚しつつ・・きちんとやらなければならないが、本当にわからないときは、多少あいまいでも大丈夫、とか言いながらやっています(すみません)。
- 誤解したまま?②
コミュニケーションって本当に難しい・・・と感じます。特に言葉を使った意思伝達は間違いが生じやすいと実感しています。 相手に丁寧に伝えようとすると、とてもまわりくどくなったり、何が言いたいのかわかりにくくなったり、だからといって単刀直入に言うと、命令口調になったり・・・とても厄介です。もちろん内容だけではなく、抑揚、選ぶ言葉、タイミング、そして国民性なども影響してしまいます。 日本人の国民性についていえば、日本人の奥ゆかしさは、時には言葉を濁したり、逆の表現をしたり、何も言わないことが答えだったり・・基準やルールが誰にでもわかりやすくなっていない分、自分の経験と勘、センスや想像力などを駆使して相手の本心をつかまないと、本当に伝えられた内容がわからない場合があります。 それだけ難しい言葉でのコミュニケーション・・奥深いです。言葉による誤解の全てを解決する方法はありません。文字にしたもの、画像など伝えると良い、と言われることも多いですが、毎日、生活の中で、それらを実行できるのか?と問われると、そう簡単ではないのです。 となると、時には「一定程度は誤解されて伝わっている」ということを容認しながら、会話をしてゆかなければならないかもしれません。 私は、会話の一部を相手が誤解していることを察しながらも「それでも良いかも・・」「それもアリ」と思ってしまう時があります。 むしろそれは誤解ではなく、聞き手の想像にお任せしている、つまりコミュニケーションの伸びしろのような部分なのだと思っています。 「この食べ物好きですよー」 と言っても「どこまで好きなのか」までは言っていません。「嫌いではない」程度かもしれませんし、自分にはこの食べ物が不可欠「これがあれば何よりも幸せ」と心酔しているのかもしれません。 でも、相手はそれ以上つっこんで聞いてこないことも多いです。つまり、相手はどこまで好きなのか、ということよりも、嫌いでなければよかった、それ以上の情報は今は不要・・・ということなのかもしれないのです。 お互いが暗黙の理解をしたのかもしれないからです。さらに言うと、そのお互いの暗黙の理解が違って、誤解されていても、大きな問題ではない、負える程度のリスク。。という事だと思います。 勝手な解釈ですが、むしろ「誤解」は人と人との間の潤滑油だったり、クッションだったり、緩衝材になることもあり得ると思います。 そう考えると「誤解のまま」で終わらせる事も、絶対だめではなく、時にはアリかもしれませんね。
- 誤解したまま?①
自分の思っていること、本当に伝えたいことを相手が理解してもらえるように伝えるのは大変難しいです。 ユースターのコミュニケーションプログラムといっても、それを行えば、すぐにコミュニケーションが上手になったり、ましてや言葉が巧みになるわけではないです。そして、コミュニケーションを取ることに困っている原因が解決する・・という簡単なものではありません。しかし、続けることで、ちょうど良い言葉の量や言葉の使い方、そして言葉以外の方法も使えるようになって、相手に発信したいことを、少しでも正しく伝えられるようになると思っています。相手との意思伝達は容易ではないがゆえに、努力も必要ですが、働きにくさ、働く上での問題、困難の原因となる場合が多いコミュニケーションだからこそ、繰り返しコミュニケーションの支援を続けている次第です。そして、そのプログラムを、ユースターを利用される皆さんが根気強く受けてくださっていることに、心より敬意を表しています。 自分の言いたいことや意思を相手に理解してもらうために伝える作業は、たくさんのエネルギーを使います。 ユースターの中で、利用者の方どうしで、ちょっとした言葉の誤解が生じました。全て言葉と言葉で意思疎通をしようとして、相手に間違って伝わり、当事者の方同士が少しぎくしゃくしてしまったのです。 ユースターでは、過去にも、言葉が多すぎたり、少なすぎたり、感情的になったりしたことで、対人関係が崩れそうになることがありました。 しかし今回は、違う理由のようでした。 それは、お互いに相手のことを気遣いしすぎたために、何かがかみ合わなくなってしまったようで、両者が気まずくなったのです。お互いが、自分より相手のことを考えて、相手を嫌な気持ちにさせないように気遣って発言した言葉が、逆に正しく伝わらずに、おかしな空気になったのです。 繰り返しですが、ユースターのコミュニケーションのプログラムや支援は万能ではありません。しかし、少なくとも、自分の気持ちの発信の仕方を見つめる機会を持つことで、相手への伝わり方に気を配れるようになればと思います。 一方的に発信して終わらせるなど、方法を誤って、相手との誤解が生じても、誤解のままに放置しておかないよう、支援者と利用される方、お互いが協力してコミュニケーションについて考えています。
- 口癖②
口癖①に引き続きその②です。 ユースターで行っています言葉遣いのトレーニングプログラムについでご紹介です。 前回も書きましたとおり、トレーニングと言いましても、学ぶという方法ではなく、自分の口から出る言葉を知って場面と照らして考える取り組みです。 言葉遣いというと「丁寧語、尊敬語、謙譲語・・・・」などといったことを想像しますが、それらの違いや理論を学んだり、丸ごと暗記しても「使うべき場面で上手に使えない」のであれば目的は達せられません。 人間関係に困る場面は社会ではたくさんありますが、会話や言葉が原因になることもあります。 そこで、会話や言葉を見直すことが必要なのですが、何が良くて何が悪いのかといったことに注目するのではなく、まず自分の口癖を知ってから、それがどういった場面ではOKでどこではNGかを考えることにしています。 例えば「かったるいなあ・・・」という口癖があったとします。 どういった場面でOKかNGかはほとんどの人は想像がつきますよね。 それを再確認します。想像がついても「つい」NGの場面でも口から出てしまうことがあるからです。 緊張する場面(例えば面接)では「丁寧語、尊敬語、謙譲語・・・・」はテクニックとして練習をしておけば使えます。しかし緊張する面接が終了したとたんに、無かったものになってしまうのです。つまり身につけたものではなく、一時的にかぶっていたもの、羽織っていたものに過ぎないのかもしれないのです。それらはテクニックとして知っておくのは良いのは言うまでもありませんが、自分の口癖や言葉とTPOのイメージを合せておく方が現実的かと思っています。 これからも、プログラム自体をもっと研究していきたいと思います。 このブログ・・・正しい言葉を使っていないかもしれません、まだ勉強中です、なにとぞご容赦いただければ幸いです・・・
- 口癖①
不適切発言・・失言・・撤回・・謝罪。 最近ニュースで良く聞く言葉ですね。政治家だけではなく、会社経営者、団体代表、タレントなど、注目を浴びる人が登場する場面で多い気がします。 SNSで誰でも文章や話し言葉を公に発信できるいま、いわゆる公人の方々は当然ながら、今は誰であっても、言葉の選び方、つかい方に注意が必要です。(つたない文章をこのブログで書きながら言えることではありませんが・・・)。 文章に書く場合は、発信前であれば訂正できますが、話し言葉はそうはいきません。自分ではわからずに使っていたり、つい口走ってしまったり、本当の意味を知らずに使っていたり、口癖といわれるようにほぼ無意識に不適切な言葉を使ってしまうときもあります。 私は、言葉を発した後に「なぜこんな言い方をしてしまったんだろうか~」と反省を繰り返しています。特に誰かに迷惑をかけてしまうような表現や言葉は「不本意ながら使ってしまった」とか「口癖なので・・」なんて言い訳は通らないです。 完璧な言葉や表現を使うことは至難の業だとも感じます。 そんな自身の失敗経験も含めて、ユースターを利用される皆さんへ、言葉遣いについて、トレーニングのプログラムとして何度となく取り組んでいます。 とは言っても、学ぶという方法ではなく、自分の口から出る言葉を知る、取り組みです。 このトレーニングプログラムは支援者も含めて一緒に自分の発する言葉を考えながら、職場ではあり?同僚とは?お客様には?などを考えてみるものです。 次のブログで内容をご紹介させていただきます。













