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空の検索で866件の結果が見つかりました。

  • 自分の働く適性ってどう知る?

    自分にはどんな職業が合っているのだろうか?・・自分はどんな仕事ができるのか?・・適性ってどうやって知るのだろうか?・・ これらは、就労移行支援事業所ユースターに来られる多くの方が感じている、自分に対する疑問であり、働くことに対する疑問でもあります。 どのような職業に就きたいとか、何になりたいとか、こんな仕事(作業)が自分には合っていると思う・・といったことは自分でも言えたり伝えることができても、適性と照らして客観的に言える方は少ないように思います。自分の適性を知るチャンスも人生の中でそうそう多くないかもしれません。 学生の時にアルバイトを経験した方が、その仕事を大好きになって、そのまま卒業後に就職する、という例が自分の友人にもありました。私事で恐縮ですが、私も学生時代に飲食店でアルバイトをしていたとき、とても楽しかった思い出があります。それは一つに接客が好きであったこと、お客様とお話しすることに抵抗がなかったこと、従業員の方がとても親切であったこと(追加:余った料理を食べれたこと(笑))などがあったからです。 今おもうと、職業として、その仕事に自分の適性は無いのは明らかなのですが「このまま学生をやめて職業にしても良いかも」とまで思ってしまった時があったのです。。。気持ちも心も若く未熟だったその時には、何でもできるような気がしたものです。しかし、それは本物の適性ではないとしても、勢いで適性に合わせられる、と思ったからかもしれません。 今は就労支援スタッフとして、ユースターを利用される皆さんと一緒に、今度は皆さんの適性を探り、それぞれの方に合った働き方を見つけることを目指しているのですが、簡単ではありません。それは、適性というのは〇や✕、点数などで決められたり、だからといってインスピレーションだけで決められるものでもないからです。 また、適性というものは、”ブーム”があると思います。”ブーム”??と思われるかもしれません。何がブームかというと、適性は、一瞬ブームとなるタイミングが訪れることがあるからです。そして、その他のときにはあまり考えないからです。そのタイミングはいつか、といいますと、就職や人事異動を始めとした進路や配置を決めるときです。 そして、その”タイミング”で、現時点で持っている力の他に、練習などで将来習得する力を観察したり、観察されるものなのです。 そのように、自分の適性は、見つけることが難しく、必要や不要なときがあったりするので、いっそのこと深く考えずにとりあえずその仕事をやってみようか・・という方法もありかもしれないのです。それは経験をする、ということから適性とは違う部分での「自分の興味関心をさぐる」というためです。 最初に書きましたとおり、適性は計算式では出しにくいものです。従い、適性を断定してから仕事を選ぶという方法の他にも、色々な経験をする中で自分が感じるもの・・・・それらのプロセスの中でトライエラーをしながら仕事を見つけてゆく、という方法も良いのかと思います。 ユースターには作業基礎トレーニングというプログラムがあります。見た目の向き不向きに関わらず、どなたにも経験をしていただく、働く基礎となる動きや思考を体験していただくものです。その経験の中で、自分の適性につながる何かが見つかれば・・・と思っています。 ”逃げ”とご批判を受けるかもしれませんが、気づいたら続けられている、という仕事が自分の適性になってゆく、ということも実際にあると思っています。

  • シェア

    近年「シェア」という言葉が浸透しています。真っ先に思い浮かぶのは「シェアハウス」でしょうか?経済面だけではなく、他人と一緒に住む、ということに魅力を感じることもあるようです・・・「シェア」は現代の社会に合致した、とても素敵な言葉だと思います。 SNSなど、人と人とのつながり方が大きく変化した中で、同じ空間で人と人が会う機会は実際に減っていると思います。 その中で、私達ユースターのような福祉に従事する事業所は「通う」「会う」など、人と人が対面で、同じ空間を共有して支援をするのが前提として作られています。このことに私は疑問を抱かずにはいられません。 ユースターはそのような限定的なシチュエーションだけではなく、リモートや時間差など、様々な状況でも利用される方とつながることを大事にしています。対面でお会いして支援するのが良い?のかもしれませんが、それ以外の方法を否定したり、認めないということはするべきではないと思っています。なぜなら、ユースターの支援を期待くださる方の中には、ユースターという場所に通ったり、対面でサポートを受けるまでにしばらくの猶予(期間)を必要とする方もいらっしゃるからです。むしろじっくり時間をとった方が結局は社会に出るための近道になる、という方もいらっしゃるからです。そのような方に、ユースターでは対面を強いることはしたくないからです。 そもそも、社会とは「通う」場所ではなく「自分が存在する場所」「自分がいる場所」です。就労支援は社会に通うことができるようになる支援ではありません。 学校に目を転じてみますと、文部科学省の報告では、「不登校」の学生が、小中学校で30万人いらっしゃるそうです。一年で5万人増えています。高校でも5~6万人です。教育の現場でも「通う前提」の作りになっているから、登校ができない「不」の状態が問題のように扱われてしまうのではないでしょうか。どこででも教育を受けられる、という基盤がある社会ができると良いなと心より思います。 シェアとは「分け合う」「共有」する、という意味の他に「つながる」「分担する」といった意味もあると思います。 多様な方々がつながり、それぞれの存在や立場を尊重しあう、そして分担しあって社会はつくられてゆくものだと思います。 障がいなどで生き辛さを感じる方は、社会との整合が取れないからそう感じてしまうのかもしれません。その原因は社会にあることを誰もが受けとめて「つながり」「分担する」ことで、社会をシェアできるのだと思います。 支援は必ずしも施設の中で行われるものではないですし、施設に”通えない”とか”通う”という分けは「シェア」の価値感とは違ってしまう気がします。

  • 作業の個性

    自分の手で作ったものを手作業と言ったりします。つまり”ハンドメイド”です。 残念ながらユースターの軽作業のプログラムの中に、工作や手工芸のようなハンドメイドと呼べるものはありません。ユースターの軽作業は、そのほとんどが、材料や道具が決まって用意されていて、何を作るかが決められていて、自分のオリジナルなアイデアを入れて「創る」ことは難しいものが多いです。しかし、その同じ作業で同じ完成品を作るからこそ見えてくる 『作業の個性』 があります。。。。。。 将来の就職を支援させていただく、就労移行支援事業所ユースターの支援スタッフとしては、利用される方の「作業の個性」に大きな関心をもって注目しています。 作業の個性は手作業とは少し違って、与えられたルールや法則の制約ともいえる範囲の中で生み出される創意や工夫です。 同じ完成品であっても、良く見ると、個々人の感性や着目点がわかり、その中に光っているのがわかります。また、作業手順の進め方や、手の動かし方など、動作の中にも見られます。支援スタッフはそれらの個性から、仕事と本人の相性や適性を感じとるのです。その情報を就職先を選ぶ際に、本人にお伝えして、本当の意味でも適性適職に近づくようにします。 自分の個性はなかなか自分ではわかりにくいようです。特に日常的に行っている作業に伴う動作や動きは、自分では何も意識しないけれども、そこに癖とも呼べるものが必ずあります。例えば「はみがき」・・・はみがき作業に伴う動作として、どこで手を返すか、どこで手を持ちかえるか、どの指に力を入れているか・・それを客観的に見ると、他の作業でも応用でき、速くできる原因あるいは苦手につながるヒントがあります。 一例ですが、写真はユースターを利用されている方が企業に実習に行った際のスナップです。 お二人が同じ作業をしていますが、同じではないのです。 出来高の数や正確性といった違いはもちろんありますが、それをもって「違う」ということではなく、どこに力を入れるか、指・肩・腕・手・身体・・のどこの力を使って製品を作っているかなどが全く異なるのです。 ある程度長い時間続けていると、実は最初の1時間はペースが速く、出来上がり数も多い人が、後半スタミナが切れて質量ともに大きなブレが出てくる、一方でその逆の方が追い抜かすといったことがあります。動作だけではなく、気持ち(モチベーション)の維持や達成感の感じ方にも個性がありますので、仕事には全ての感覚が必要になってくることが良くわかります。 このように書くと、ユースターでは、ある方の行動を「分析」しているように思われるかもしれませんが、実際には分析という大仰なことではないのです。その方に合ったお仕事につながるであろう、本人の個性に支援スタッフが近づくこと、を目指しているだけです。近づければ、支援スタッフの中に本人のお仕事のイメージがわいてくるからです。 オリジナリティーはどのような作業でも製品であっても、周囲の人の目の在り方で発見できるものかもしれません。

  • 就労と購買意識

    物価上昇に歯止めがかかりませんね。 身近にある物が、みるみるうちに値上げされ、正直何を買ったら良いのか、わからなくなりますね。 ところで、ユースターを利用される皆さんからは、あまり値上げの話題が聞かれないように感じます。。。それにはいくつか要因があるようです。たとえば・・ ①もとから自分が必要と思うものやことだけを消費する生活をしていて、嗜好品、思いつきの買い物などはしないので、買うものは変えず、値段も意識しない ②就職してお給料を得るようになってから買おう、と思っているので、今は高いものは買わない その他色々な理由もあるようです。 上記のような、堅実な生活をしてそうな方でも、一旦就職をすると、気持ちもお財布も少しゆるくなる方がいらっしゃいます。(もちろん全員ではなく、一部の方ですが。。) 大小問わず、誰でも就職するに伴って、自分の生活を変えたいと願っていると思います。実際に就職ができて、その夢が実現できたのはとても喜ばしいのですが、そこで、買い物の頻度や買う物が変わってゆく、特に高いものでもあまり気にせず買うようになる・・という方がいらっしゃいます。つまり前述の①の方が、今まで買うものを限定していたのが、広がったというパターンです。 例えば課金の伴うゲームも、ユースターに通っている間はご家族に了承をとって楽しんでいたものが、自分の収入から消費するようになって、つい使いすぎてしまう・・といったことです。 購買意識が変化してゆくのは、社会人となる過程で自然なことかもしれません。購買力が増すのは社会経済にとっては良いことです、しかし、それよりもご本人の生活の維持が心配になります。 働くことは収入を得て自分の買いたいものを自分で稼いだお金を使って買う、というのが一つの夢ですし、素敵なことです。しかし、自分のお金だからこそ、計画的に使う、といったことを就職時にあらためてお伝えしてゆかなければならないと思います。 同時に、支援スタッフも、ご本人に就職を目指していただくために、就職後は、お金を自分で好きなように使えると言ってしまいがちですが、誤解のないようにしないといけないと思います。 初めて自分のお金を持つこと、ルールや注意点、責任を認識していただく、その責任が社会人としてのプライドであることをお伝えしたいと思います。

  • 見本は万能?

    何かの動作を他の人に伝えるとき、私はよく「見本」を見せます。見本は万能と思っていたからです。 特にユースターのように、”働く”を支援する時に、作業の進め方や手順などをお伝えする際、頻繁といいますか・・いや、ほぼ全てで『見本』が登場します。 その方が正確に伝わるはずなので。。。 先日、ユースターを利用するAさんに、手順がわかりにくい作業を行っていただくことになりました。その際に見本を見ていただいたのです。静止画よりも動画の方がわかりやすく手順を示せるかと思い、動画で手順を見ていただいたのです。 下の写真がその時の様子です。。。 動画を見ながら「手順を見て慎重にお願いします・・」などとお伝えしつつ、コツなどをお話ししていました・・・・私はその時、何気なく動画で見本を見せるという方法をとったのですが、ふと「この動画はご本人にとっての見本となるのだろうか?わかりやすいのだろうか?」と考えてしまったのです。 そこで、自分もその作業を知らない一人になったつもりで、あらためて動画を見ながら作業をやってみましたら、これがなかなか難しいことに気づきました。 何に苦労したか、というと、まず動画のどこを見たらよいかわからない、動画内の動きと自分は逆(鏡)になっている。。自分が進める作業のスピードよりも、見本の動画内の動きが速くて、少しでも手元を見ている間に、見本が先に進んでしまう。。。そもそもコツはどこにあるのかわからない。。。。 結論としては「動画はイメージをつかむためには有効だが、そのままでは見本にはならない」ということでした。 動画が不適ということではありません。正確な作業をするための見本として、既定のものに、色々なアレンジ(例えば動画スピードを本人の作業スピードにぴったりと合わせる、リピートを回数決めずに流す等)を加えることが必要となる、ということです。 このように、見本とはとても奥深いもので、万能どころか、使い方を良く吟味すること、それを見る本人の受け取り方を良く考えるべきであること

  • 家族にしかできない支援とは②

    前のブログで、家族にしかできない支援を考える時には、家族ができないこと、しないで良いこと・・を知って割り切り、社会の場で第三者に託すこと・・・と書かせていただきました。 「託す(たくす)」といっても、放っておいて、誰かが本人の力を伸ばしてくれる、ということではなく、家族が他の人にバトンを渡す姿を本人に示すことだと思います。 そして、大事な点は「社会の場で」それを行う、ということです。リアルな現場で体験することに勝ることはないからです。 前のブログで挙げました例でいうと、今までできるとは思っていなかった掃除は、確かに掃除機の準備から溜まったごみの処分までの全工程はできないかもしれません。でも掃除機をかける、ということはできるわけです。そして何ができないかが明確にもなっているのです。わずかな「できない」部分があるだけで、全体ができないという評価になってしまわないようにするべきです。そこに着目しないと本人の伸びしろを「抑える」ことになってしまうのです。 次に、できないわずかな部分については、本人が習得するか、第三者が代行するかということになります。掃除が完結するために欠けていることが満たされるしくみや工程を、本人の周りに作ってゆくのです。 そのしくみとなるのは、社会の中で本人の身近にいる”第三者ー誰か”となります。そして、第三者とは書きましたが、場合によっては「本人自身」ということもあり得ます。つまり、自分でやれるようになるとか、誰かに自分でサポートを頼むことができる、ということです。 できなかったことがいつの間にかできていると家族や支援者が発見することがあります。。それは自分が誰かから教わったか、自分で習得したか、自分でサポートを頼んだからです。 つけ加えますと、第三者は意図的に本人をサポートしているつもりはなく、知らないうちに、本人を補う「第三者」になっている場合もあります。例えば職場で本人を指導するリーダーだったり、親切な同僚だったり・・。 つまりそういった「誰か」が本人の近くに集まり、サポートする第三者を作る流れができれば良いということです。そしてその第三者は決して複数人ではなくても良く、一人でも良いのです。「人の輪」を作るのが大事とは言われますが、そう簡単に複数の人たちが本人を囲むようになるものでもありません。本人を見守るたった一人の人が社会の中にいるだけで、本人の伸びる力を活かせるようになります。そしてその一人の人は本人の成長に合わせて別の人に移り変わることもあり得るのです。 「家族にしかできない支援」とは、そういった「第三者」「身近に現れる人」を本人が信頼できるような心を、本人の中に育むことかと思います。そして本人が他の人を信頼して、困っていることを安心して伝えられるようになることで、それをどのようにしたら良いか、日々の中で家族が見せてゆくことです。 家族の方が周りの人を信頼して、サポートを託す姿を本人に見せることで、本人も周りの人を信頼できるようになるかもしれないからです。 家族が原点であり、拠り所であるのは揺るがないことですが、そこから世界を発展させるきっかけを作れるのが家族のできる支援かと思います。

  • 家族にしかできない支援とは①

    ご家族は、ほとんどの人にとって、自分を最も理解してくれる人、家族のいる場所は、一番居心地が良いはずです。 ユースターを利用される方にとっても、本人の本質や原点にある大事なものが「家族」のようです。 家族が傍らにいて、本人を気持ちの面から支えるとか、安心を与えるなど、家族だからこそできることはたくさんあります。しかし、逆に、家族が本人の何かを「抑えてしまう」ときもあります。。。。 それは、例えば、就労支援でいえば「社会的な自立」「環境に対する物理的な成長」です。 ここで「抑えてしまう」と書きましたが、家族が意図的に本人の自立を阻害するまでではないものの、本人にとっては自分の一部でもあり、近い位置にいる家族が、本人の成長と自立にリアルに気づかない、ということはあるようです。 つまり、誰でも年齢と共に成長するものがある中で、家族は本人の成長から取り残されている、ということが往々にしてあるのです。 人間の成長、スキリング(スキルの習得)は誰でも自然に積み上げているにも関わらず家族だけがそれを知らない、気づかないということがあります。 一つの例として、実際にユースターであったエピソードです・・・ 掃除機を使って掃除ができる本人です。しかし、本人も家族も 『掃除はできない』 ・・と思っています。 それは、本人がどこまでできるかわからない、掃除っぽいことはできても、掃除とは何かを本人はわかっていないので「満足するレベルまで掃除することはできない」というイメージを家族が持っているのです。 そこで、本人の掃除のスキルを詳しくユースターで評価(アセスメントといって、本人がどこまでできるか、目的や意味はわかっているか等を調べること)させていただくと、誰かが掃除機のノズルを伸ばして、コンセントを差すまで準備をすると、自分だけで掃除機がけができる。ということがわかりました。また、掃除が終わった時に掃除機の中に溜まったごみの存在には気づいていませんでした。一杯になった掃除機内のごみを誰がどのように処理しているかにも意識は向いていませんでした。 このままで自立生活を始めた場合、家族が定期的に来て掃除機の中のごみを処分するか、一杯になりすぎて故障したり、吸引力が無くなることになります。そもそも掃除はできない、と家族に決められた本人に掃除の期待はできないので、掃除機を与えない、掃除は家族が代行する。ということになりがちです。 厳密にいうと「掃除機をかけることだけはできる」というのが現時点での力なので、あとは掃除機の準備と後始末(たまったごみの処理)を追加すれば、掃除の一連は本人に任せられるのです。でも「できない」と大括りで評価してしまうと、ほんのちょっとのことを覚えるだけで全てができるようになることも「抑えてしまう」ことになるのです。 また、ご経験のあるご家族もあるかと思いますが「ご本人は○○ができますか?」と聞かれ「やらせてみたことがない」と返答がかえってくることがあります。 やらせてみたことがない、と言ってしまうと、あたかも家族に責任があるかのように聞こえてしまいますが、そうではありません。 さらに、家族としては、本人に生活の細かいことを一つ一つをやらせて確かめることまでできません。そのような役割を家族は元々持っていないのです。 毎日の中で、本人に対してやるべき他のことがとても多くありますので、そこまでを家族の役割にするべきではないのです。 ・・・では誰の役割か? 家族以外に本人に関わる人の役割・・例えば支援者の役割なのかと思います。 一定の年齢以降は、家族が本人に「やらせてみる」というのではなく、社会で、他の社会人との関わりの中で身に着けてゆく方が圧倒的に本人の力が伸びやすいのだと思います。 家族にしかできない支援を考える時には、家族ができないこと、しないで良いこと・・を知って割り切ること。そして支援者など社会の場で第三者に託すことだと思います。 では、「託す(たくす)」とはどういうことか? 次のブログで書かせていただきます。

  • 体内時計

    昼夜逆転をして、日中に活動することに苦労されている方がいらっしゃいます。 就労支援を行っているユースターを利用されている方の中にも、朝からユースターに通うために相当な努力を続けている方もいらしゃいます。 体内時計は、人間の体のいろいろなリズムを調節しているのですが、1日単位での周期をもっているそうです。意識しなくても24時間の中で日中に心身が活動し、夜間は休みに切り替わるようです。 だからといって、そのように切り替わって周期に従って自然とともに健康に生活できている人はどのくらいいるのでしょうか?睡眠の質、不眠・・・など睡眠に関する多くの対処法や薬、サプリメントがあるのを見ると、上手に周期に乗れていない人がかなりの数でいる、ということなのかもしれません。 朝、起きれない、朝食をとれない、夜寝れない・・などの悩みを抱えて、それが活動やメンタルに影響を及ぼしている方が就職をする際、一番心配されるのが、やはり「時間通りに出勤できるか?」ということです。そして、「日中に覚醒してしっかり仕事ができるのだろうか?」ということです。 朝どうしても起きれない方へ、ユースターでは、時間をかけて、自分と体内時計を調節することをじっくりと進めています。 決して無理をして朝の開始時間に間に合わせることにこだわりませんし、それが一概に良い、とも決めません。いつかどこかで、決まった時間に通い、日中の時間いっぱい活動するときの自分に充足感を感じられる支援をします。自分なりに効果を得たと思えることを目標としています。 いつまでにできるか?といったような自分を追い込む目標の設定ではなく、自分の体内時計が自分を調節できるように、少しづつ自分のペースで整えられれば良いと思っています。 もちろん、時間に遅れないようにする・・夜決まった時間に就寝し、睡眠をとるようにして・・といったテーマは支援プログラムにも多く出てきますし、個別にお伝えすることもあります。しかし、それらはあくまで体内時計に意識を向けるため、自分が自分に対して、活動とお休みのリズムを思い出させるために行っています。 朝、頑張っても、どうしても起きれない人も、日中の活動にやりがいや生きがいを感じて起きる動機を得られたり、何らかの道具を利用しながら進めています。ゆっくりと・・がポイントです。

  • 因果関係 相関関係

    因果関係は何かの事象Aを原因として次の事象Bが起こる、というものです。逆はありません。 ・・今の真冬の北海道、気温が下がると道路が凍結します(寒っ!)しかし道路が凍結したら気温が下がるわけではないのです。 相関関係は一つの事象や状況Aがあると、別のことBも起こり、それは逆にBがあるとAも起こるというものです。冬の北海道(もう一度、寒っ!)・・たくさんのスキー愛好家が国内外からやってきます。来道者が増えると北海道発着の飛行機便も増えます。飛行機便が増えると来道者も増えます。これが相関関係です。 先日、就労支援の量(会社を訪問する回数や支援員の職場滞在時間等)と就職の数は因果関係なのか相関関係なのか?を考えてみました。 就職の数が多いと、それに伴って就労支援の量も増えます。逆に会社を訪問したりなどの支援の回数等が増えると就職に至る成功数も増えますので、両者は相関する。つまり相関関係なのかと思ったのです。 しかし、よく考えてみると、それは因果関係ともいえるような気もします。支援の内容、つまり「支援の質」と言えるのかもしれませんが、量的なボリュームではなく支援の内容が充実していると、それが就職数につながるので、因果関係にも思えるのです。 相関関係か因果関係か、の結論は置いておき、なぜそれを考えることになったかといいますと・・・ある方がある会社に就職を希望し、その会社で職場実習をしています。職場に溶け込み会社の期待に応えようと、本人も全力で働いています。支援員も毎日のように職場に足を運び、本人を傍らで支援したり、励ましながら実習を進めています。 一方で、別の会社で、ほとんど職場に帯同しない支援もあります。それは外部の人が立ち入ることが難しい業種という理由や、職場での支援が適さない場所や時間、働き方だからです。その場合、本人とは職場外でお会いして、様子をお聞きしたり、わからないことや困ったことがあれば、職場の外から会社とつないで解決しています。 その両方ともに就労は成り立ち続いているのです。 支援員が職場に頻繁に職場に出向くと、それだけで就職が成り立つ数が増えるわけではないということも言えますし、もちろん逆もありません。 専門的な見解ではなく、経験したことを元にした私の主観ではありますが、就労支援は因果関係や相関関係で語るのは難しいと考えます。その理由は、やはり、就労支援は人と人の間で繰り広げられるもので、AだとBになったり、ならなかったり、Bの結果がAになったり・・・毎日が非定型的なのだからです。 一瞬一瞬をとらえると、因果関係に見えたり相関関係に感じたりするのは私だけでしょうか?

  • 体調不良②

    「今日、ユースターをお休みします、理由は体調不良です」・・・ この一言から始まる利用者の方との一日があります。 それを受けて「お休みですね~」で終わらせるのは、社会に出る方への支援としては不十分かもしれない、と思うのです。 本人としては「体調不良」と伝えて、本来の目的である「お休み」を承諾してもらえば目的は達成かもしれません。。しかし社会に出て働くために、今の状態を切り抜けるだけでは、将来会社に入って、理由やなぜ休むまで必要なのか、を深堀りされたときに戸惑うことになります。戸惑うことを先送りしたくありません。 今まであまり自分の健康状態を気にせず、なんとなく学校を休むことを”気軽に”繰り返していた・・・体調不良といえばそれ以上聞かれた経験が無かったから、それだけで十分と思い込んでいた。。。という方もいらっしゃいます。 でも、社会では、そうはならないのです。認識を上書きしなければなりません。 まずは自分の健康状態を良く知ること、体調良好のとき、自分はどのような状態なのかを知る。そして変化を察知する、つまり体調良好の時に比べて「体調不良である」ということを判断する。そして体調を良好に戻すために対処する。同時に職場や関係者に状況を簡潔に説明し、出口となる職場復帰の時期を伝える・・・というところまでが組織に所属する人として、持つべき責任なのです。 それを、どのようにして理解いただくのか、そして身につけていただくかが支援者が行う支援なのかもしれません。 『体調不良」・・個人の状態ですから、詳しく言いたくないときに言わないで済みますし、使いやすい言葉でもあります。 ユースターを利用される皆さんも就職して社会人として行動するまでに「体調不良」という言葉を適切に、そして上手に使えるようになっていただきたいと願っています。

  • 体調不良①

    「今日、ユースターをお休みします、理由は体調不良です」というお休みの申請をいただくことがあります。 どのような活動でも健康が伴っていなければ、生き生きと活動しにくいですし、気分もあがりません。また深刻な健康面の問題を伴っている場合もありますので、自分で自分の体調を知ることはとても大切であることは言うまでもありません。 一方で「体調不良」の指す範囲は大きく、ちょっとした疲れから、深刻な病気、感染症まで・・・幅はとても広いです。それゆえに「体調不良」と報告を受けた側は”どうしたんだろうか?”と、想像たくましくして、考えたり心配したりします。 そうなると、どのような体調不良なのかは、その人を待っている人や所属先に、ある程度は伝えておくことが期待されます。少なくとも「症状が重いのか軽いのか」・・「何日くらいお休みが必要なのか」・・「医師の診察は?」・・等は知らせておくべきことなのだと思います。 特に、やとわれて働く立場になった場合は、会社に報告することが求められると思います。 このようなことをユースターでも繰り返し利用される方にお伝えしておりますが、ユースターに所属する全ての方が完璧に実行するのは、やはり難しいようです。 なぜ難しいのでしょうか? その理由はいくつか挙げられます。 理由1:まずは「体調」とは何かがわからない。そして自分の「体調良好」の状態を知らない。だから症状がいつもと違ったり、自分の身体の内外に違和感を感じたときは全て体調不良としてしまう。 理由2:健康はとても大きな問題で、なおかつ自分自身のことなので、自分が責任を負わなければならない・・だから自分の体調を他の人にあまり言いたくない、あるいは言うべきものでもないと思っている。体調不調に留めておきたい 理由3:体調不良は「非」なるものだから、所属先から「またか」と思われたくない、印象に残ったり、噂をされないために軽く終わらせたい 理由4:病状、症状を正確に説明できない。そのことから自信を失うので「体調不良」で切り抜けたい 就職を目指す方にとって、とてもやっかいな「体調不良」の扱い方・・・・ 完全に克服して、体調不良の時に気にせずに申告できると心配が一つ減るかもしれません。。

  • 障がい者手帳を持たない方へ②

    (ユーファーストの)支援者は、障がい者手帳に対して支援をしているのではないことは書かせていただきました。 支援者は、Aさん、Bさんが必要とすることは何か・・何に困っていらっしゃるか、支援者(自分)とどのような関わりを求めているのか、ということを見つけてそれを実行することに集中しているだけなのです。 少し技術的なことを申し上げますと、支援をさせていただく目の前の方は、障がいの診断があって、障がい者手帳を持っているかもしれませんが、その情報だけでは支援の方略はまったく立てられません。また、その情報だけでは支援が成り立たないのです。つまり○○障がいという名前だけでは支援を完全な形で組み立てることは難しいということです。 ○○障がいという名称は、一定の条件がそろったら当てはめられる分類です。 一方で、支援はその分類とは無関係とまでは言わないまでも、その方がどの分類にあてはまるかだけでは、その方が何を望んでいらっしゃるかはわからないからです。 障がいのある方への支援でも、特に就労支援の場合は、そういった障がい名だけでは支援は決まらないという要素は強くなります。なぜなら、就労には会社との関係が本人の就労を作るからです。 手帳も同様で、現在手帳は身体、療育(知的)、精神と3種類ありますが、支援の種類を3つだけに分類できはずがありません。。。。言うまでもないことです。 支援の礎となるのは、その方の希望すること、期待すること、欲しいと思っていることや実現したいことです。 特に就労支援の場合は、その方の希望だけではなく、社会がその方に期待することも追加で含まれてきます。 このような条件の中で、障がい者手帳を持つとか持たないといったことは、私たち支援者の意識や仕事に影響はほとんど与えないのです。 テーマにもあります「障がい手帳を持たない方」の中には、いつか、それを持つべきか迷ったことがある方がいらっしゃるかもしれません・・2回だけのシリーズでは大雑把にしか書けませんが、障がい者手帳を持たないという状態も「あり」ですし、持つという選択も「あり」です。大切なのは、障がい者手帳の有無ではなく、何をしたいか、どう生きたいか、そしてそのためにどのような支援があると良いか、ということを、自分としてわかっておくことかもしれません。 障がいの有無に関わらず誰でも一人では生きてゆけませんし、誰もが何らかのサポートを受けて生活をしています。 私たち誰もが、自分が受けている有形無形のサポートは、自分が本当に求めているものか・・・何を得られれば自分がもっと輝くのか・・などを考えられると良いような気がします。

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