支援者は道具?人?
就労移行支援事業所ユースターや行動援護事業所ユータイムでは、社会を支援の場所として、支援スタッフは人として利用される方と向き合っています。
唐突で、少々過剰な表現ですが、支援にあたるスタッフは自分で自分を、利用される方にとっての「道具として見るべき」なのか「道具として見ない」のかを考えてみました。結論は両方ともあるのではないかと思いました。
●道具として見るべき側面☞
それは支援者の立場や役割を考える際、当然のことながら、支援者は利用者の方を好き嫌いで支援をすることはありませんし、主観的になってもいけません。支援者は、自分が何を支援するのかを客観的に見て、良い意味で支援の道具として、立ち位置と役割に謙虚で、フェアで忠実であるべきです。
●道具として見ない側面☞
今回のテーマで言うと、支援者を「道具として見ない」のであれば、「人として見る」ということになります。
ユースターやユータイムを利用してくださる方にとっては、支援スタッフがモノや道具のように動くことは望んでいないのではないかと勝手に思っています。
機械的に動く支援スタッフではなく、自分が困っていることや相談ごとを支援者という人に話したいと思う方もいらっしゃるかもしれません。
そこには自分に共感したり、時には一緒に悩んだり、道を歩んだり、開いたりしてくれる「人」であって欲しいと思っているのではないかと思います。支援は、事務的な処理の対極にある営みだからです。
結局どちらが良いのか・・ということですが、結論は書きましたとおり、道具として見る、見ないの両方である、ということだと思います。
その理由は、利用して下さる方にとって、支援スタッフは、時には後ろから支えたり、横にいて一緒に悩んだり、前から声をかけたりと、便利な道具のようなときもあるからです。
また、困っているときなどは、道具ではなく、人として相談や共感ができる存在でありたいと思うからです。
そのためには、先日書かせていただきました「対話」のように、相手との対話によって新しい価値や考え方が生み出されるように、利用者の方とも関わりたいと願いながら支援を続けてゆきたいと思います。またそのために支援者として力の向上に努めなければならないと思います。
支援者は人です。でも時には、利用者にとっての道具のように機能することも必要かもしれません。
しかし、それだけでは支援になりません。
人として関わりあうことで、利用者の方が、新しい自分を見つけられるような支援者でもあるべきだと、そして希望が持てる支援者でありたいと思いました。







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