暴走する支援②
- 吉岡 俊史

- 5月4日
- 読了時間: 3分
刺激的なテーマを続けます。
支援というものには、定義、範囲、限度、ルール、枠などをつけにくいから、「暴走」もしやすく、属人的にもなりやすいものです。
福祉サービスを利用して下さる方のためにも、どこまでが支援で、どこからが、支援者が独断で行ったものかがわかる方が「支援」を使いやすいでしょうし、安心もしやすいかもしれません。そして、自己実現のために支援を利用しやすくもなります。
そして、まったく同じことが、支援者にとっても言えます。支援者側は自己判断や見えにくいルールを守っているのかわからないままで支援するよりも、むしろ自己効力感を得やすいのではないかと思います。
しかし・・・
「暴走」についての二弾として、今日は「暴走」した支援をほんの少しですが、肯定してポジティブにも捉えてみたいと思いました。
「暴走」というとコントロールが効かない・・というマイナスのイメージを持ちますが、支援が「暴走」することは一切不要なのだろうか?
答えはNOなのだとは思いますが、あくまで現実的な支援で考えてみますと、支援をさせていただく現場のその「瞬間」では「枠」にこだわっているどころではないことも起こります。
就労支援で言いますと、例えば「企業支援」です。利用者本人が就職をする、ということの背景にはさまざまな調整や交渉を企業といたします。
その過程で、採用いただく企業は就労支援の枠をご存じではないので、いつの間にか企業の役割である人事管理やマネジメント、他の社員の相談にまで就労支援員が踏み込むこともあるのです。
企業にとっては就労支援スタッフは、相談窓口ですので、何でもおっしゃるのです。その全てに、どのように応えてゆくかには知識、経験、そして機転を利かした判断が必要になります。
その場では、取り急ぎ企業や本人の困り感を軽減するために支援スタッフの判断が生かされることになります。その判断を躊躇すると、①企業からの信頼喪失②本人の就労の妨げ③雇用タイミングの喪失などに繋がりかねないのです。
この場合、その場でできる限りの対処を行うことが求められます。後から客観的にみると暴走に近い場合もあるのです。
繰り返しですが、ユースターやユータイムは決して暴走を推奨していませんし、無くなるのが一番良いのですが、支援は「現場」で行われるという現実のなかで、それだけリアルで難しく、厳しいのも現実です。
支援スタッフの倫理観、経験、判断力などが問われ、日頃からの努力が無くては何もできないと感じます。
ユースターやユータイムを利用して下さる皆さんと、スタッフ両方のために、なるべく暴走にならないよう、そしていつの日かもっと日本の福祉のしくみが、現実的で「使いやすい」ものになるよう願いたいです。






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