マニュアルと支援
- 吉岡 俊史

- 8月28日
- 読了時間: 4分
自分自身が支援者であるのに、支援者の資質について何かを書くことはおこがましいのですが、自分や当事業所、就労移行支援事業所ユースターが至らない点も含めて、書かせていただきます。
支援は「人」から始まりますので、そこに従事する支援員の人間性や人格がとても重要であることは申し上げるまでもありません。
就労移行支援事業所ユースターの支援スタッフも例外ではなく、支援にあたるために、人として支援者たる素養を満たしているかを自己検証し努力することが必要であります。
どのように「人」が重要になるのか・・を考えるとき、私が最初に気になることは「支援を受ける方にとって、支援者という人は、どのように映っているか」ということです。
支援を受ける方が仮に、今まで学生であったという場合は、親族以外でいえば、先生や友人との関わりが人生の中で多かったと思います。既に就労経験のある方は、上司や同僚との関わりもあったと思います。
その経験と支援者を比べてみても「支援者」なる種類の人は何か?はつかみにくいかもしれません。
それ故に、支援スタッフは利用される方にわかりやすい存在であるべきなのと同時に、「人」が重要となる支援として、利用される方と尊重し合う関係を作るべきでもあると思います。
そして、当然のことながら、支援スタッフは信頼をしていただける存在になれるようにしなければなりません。
昨今、多くのものがマニュアル化される傾向にあります。考えなくともそのマニュアルに沿っていれば大丈夫と思いがちです。
確かにマニュアル化によって仕事の精度は確保される場合は多くありますので、必要な道具ではあるのは間違いないです。
以前、マニュアルは、自分の責任を少なくするもの、と会社で教えられました。確かにそうではありますが、マニュアルはそれほど完璧なものなのでしょうか?
答えは「何について書かれたか」で別れると思います。
つまり、実際に答えが一つしかない仕事の場合のマニュアルは、とても有効で、誰でも間違いをしないで済む便利な道具になると思います。
一方、実際には答えが複数ある場合も多くあります。そして、個別の判断やその場の状況で対応すべきものまで、「絶対」と読み違えてしまいそうに書かれたマニュアルも存在してしまうのです。
中には、書き手が「このように従って欲しい」と”想い”が書かれたマニュアルというものもあるように思います。
そのマニュアルの場合は、方向性を示すものにとどまり、一つだけの解を書いたものではないはずなのです。
そういう点では、マニュアルというものの種類は一つではないのです。
支援も同様だと思います。支援の方向性や理想が書かれてあるものは、指針としては有効ですが、マニュアルとして絶対的なものではないものもあります。
経験の浅い支援スタッフがマニュアルと勘違いをして、”寸分たがわず”その通りを目指すとかえってうまくゆかないこともあるのです。
なぜなら、それを絶対の「解」として使ってしまうと、支援スタッフの「人」としての判断や自分らしさをマニュアルによって歪められてしまうからです。
あいまいな表現でわかりにくく大変恐縮ですが、極端な例として書かせていただくと、例えば「〇〇障がいの方には△△の支援が良い」というマニュアルがあったとします。
これはマニュアルと言ってはいけないと思います。なぜなら相手は人であり、支援スタッフは人として相手の方を見て、何を望んでいらっしゃるのか、今の場合はどのように対応したら良いか、は支援スタッフも自分に置き換えて考えて対応する方が「解」になっているかもしれないからです。
支援の場合、マニュアルは使っても、マニュアルに使われないようにして欲しいと思います。
そのためにも私たち支援スタッフは「人」として自分を成長させ続けないといけないと思います。






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